第19話 成功と失敗と

「ズズッ……ふぅ、ごちそうさまでしたっ!」


 スープまで完飲し、手を合わせる。

 いやぁ、堪能したぁ!


「究極の辛さ、なるほどこれは究極の調和を意味して……って、うおっ!?」


 満足感と共に顔を上げた途端、驚きの声をあげてしまった。


 優香と玲奈が、なぜか無言でジッとこっちを見つめていたから。


 しかも、なんでそんなにニヤニヤしてるんだ……?

 俺が食べてるとこなんて見てても、何も面白いことなんてなかったろうに……。


「んん゛っ、見事な食べっぷりだったわね」


 と、玲奈が咳払いしながら表情を改める。


「汗だくだね、拭いてあげるよっ」


 一方、優香はタオルを手にこっちに身を乗り出して……って。


「ちょっ……!?」


 その段階でようやく二人の状態に気付いて、咄嗟に目を逸らす。


「二人共、凄い格好になってるぞ……?」


 たぶん、汗のせいだろう。

 シャツがびしょ濡れで下着が完全に透けちゃってるじゃないか……。


『……?』


 視界の端で、二人が首を捻る様が見て取れた。


『あっ』


 二人共、ようやく今の自分たちの状態に気付いたみたいだ。


『っし!』


 なのに、なぜか二人してガッツポーズを取った。


「うふふ、大丈夫だよ。フロアには、孝平しか男の人いないし」


「そうね。店主さんも、厨房から出てくる人じゃないみたいだし」


 それはそうかもしれないけど……。


「まぁ店内にいる間はいいかもだけど、その格好で帰り道どうするんだ……?」


『……あっ』


 俺の指摘に、二人はまた声を重ねた。

 明らかに「今気付いた」って顔だ。


「……どうしようね?」


「どうしようかしら……」


 途方に暮れた感じの二人。


「……仕方ないな」


 俺は苦笑と共に立ち上がり、まず上着を脱いで優香の背にかけた。


 それから、今度はシャツを脱いで玲奈の背にかける。


 インナーだけになってちょっと肌寒いけど、まぁ二人のためにその程度は受け入れよう。


「これで、どうにか隠しながら帰れるだろ」


「孝平……」


「孝平くん……」


 二人の目がちょっと潤んで見えるのは、感動しているのか辛さを引きずっているのか。


「うへへ、なんか孝平に包まれてるって感じぃ……」


「これも彼シャツということになるのかしら……なるほど、なかなか悪くはないわ……」


 かと思えば、二人共少し……優香に関してはだいぶ緩んだ笑みを浮かべて、それぞれ俺の上着とシャツをギュッと身体に巻きつける。

 あと、優香は凄い勢いで匂いも嗅いでいた。


「……ハッ!?」


 そんな中、玲奈が我に返ったような様子を見せる。


「でも、その格好じゃあ流石に孝平くんが寒いでしょう……? 孝平くんだって沢山汗をかいて、これから冷えてくるでしょうし」


「た、確かに! 今日、結構涼しいしね……!」


 玲奈の指摘に、優香もまたハッとした表情となった。


「ははっ、気にすんなって。それくらい……」


 軽く笑って、肩をすくめ……ようと、したところ。


「お客様ぁ」


『っ!?』


 片手を後ろに回した店員さんが急接近してきて、三人でビクッとなる。


「その格好でお外に出るには、本日の気温は少々低めかと思いますがぁ」


「はぁ、まぁ……」


「そこで、こちらぁ」


 と、後ろ手に隠していた何かを前に出す。


「当店、スペシャルジャケットの販売も行っているのですがいかがですかぁ?」


 営業スマイルで、そんなことを提案してきた。


「こちら、本来は汗で透けてしまった女性の皆様にご購入いただくことを想定したマッチポンプ商品となっておりまぁす」


 マッチポンプって言っちゃったよ。


 ……んんっ?

 ていうか、そういうことなら二人がこれを買えば問題ないんじゃ……。


「元はと言えばアタシたちが原因なんだし、お金はこっちが出すねー」


「私も、それで異論ないわ」


 そう思って視線を向けると、二人はサッと目を逸らして財布を取り出した。


「毎度ありがとうございまぁす!」


 ラーメンの会計より先に、この場でジャケットの購入を済ます。


「さぁ、これで帰りも万全だね!」


「問題が解決して何よりだわ」


 俺に向けて笑顔でジャケットを差し出す優香と、やや頬を赤くしながらも澄まし顔の玲奈。


 まぁ一着で済むならその方が安上がりだし、いいんだけどね……。


「あっ、ちなみにこの上着はちゃんとクリーニングしてから返すからねっ! ほら、汗とかついちゃってるし! あくまでエチケットとしてクリーニングするだけであって、何かしらの使用の痕跡・・・・・を隠滅するためのクリーニングとかじゃないから安心してね!」


「ちょっと紅林さん、墓穴を掘るにしても一人分の穴だけにしてくれる!? その言い方じゃ、私がクリーニングして返した場合にもそういう・・・・意味合いが生まれてしまうでしょう!?」


 ……うん、まぁ、いいんだけどね。



   ◆   ◆   ◆



 とにもかくにも、こうして。

 俺は、『激辛の殿堂 辛辛館』という字がデカデカとプリントされてるジャケットを着て帰ることになったのだった。


「……考えてみれば、アタシもジャケット買えばペアルックになったんじゃ?」


「このジャケットじゃ、ペアルックと呼ぶに相応しい構図にはならないと思うわよ……」


「周りからは、店員さんが並んで歩いてるようにしか見られないだろうな……」


 なんて会話を交わしながら。

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