第18話 死闘の果てに

【青海玲奈】


 紅林さんの狙いは、『透けブラ』。

 そうとわかった以上、遅れを取るわけにはいかないわ……!


「んん゛っ……! なるほど……孝平くんの言う通り、なかなか良い辛味と旨味ね」


 実際には、旨味どころか辛味さえも認識出来ていないのだけれど。


 既に喉もやられてて、若干嗄れた声になっちゃってるわね……。


 だけど覚悟を決めて……ふ、二口目……痛っ!?

 やっぱり痛みしかない!


 もう完全に舌の感覚は麻痺しているのに、その麻痺を貫通して痛い!


 でも、更に……もう一口!


「う、うま゛み゛と……からみ゛が……アレね゛……」


 み、見事に汗が噴き出してきたわ……。

 胸の辺りも、だいぶびっしょりになってきたし……。


 さぁ孝平くん、私のこのセクシーショットを刮目して見なさい!



   ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


「あ、ははー……この旨味がクセになるよねー……」


 いった!? 痛いって!?

 一口毎に痛い!


 ホントなんなのこれ、食べ物に対する感想じゃないでしょ!?

 なんか色々とトッピングも載ってるけど、どれ食べても『痛い』以外の感情が生まれないし!


 それでも……もう一口!


「う、うま、うまままままま゛……」


 と、とにかく狙い通り汗はびっしょりになってきた……!

 ブラも、完全に透けちゃってるよ!


 さぁ孝平、アタシのこのちょっぴりエッチな格好をよく見てよね!



   ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 なるほど……『辛め』の時から感じてたけど、辛さの奥に感じる魚介の香りがポイントだな。

 辛さを増す毎に、この香りも強さを増してる。


 ふっ……ただ辛いだけじゃないってわけだ。

 それに、トッピングのバランスも抜群だな。


 チャーシューは程よい厚さに切られてて、しっかりと味の染みた肉の旨味が感じられる。

 味玉は味玉でまた別のスープで煮込まれた味が染みてる辺りが、流石のこだわりだ。

 散らされたネギも、良いアクセントになってるな。


 おっと……こんなところに、生姜の姿が。

 なるほど、これがどこか爽やかな味わいの正体か……。


 ふふっ、本当に全部の要素が抜群のバランスでハーモニーを奏でてやがるぜ……。

 店長、アンタの手腕には脱帽だよ……。


 今は、この味を楽しむことだけに全ての意識を割こう……。



   ◆   ◆   ◆



【紅林優香・青海玲奈】


 いや、食べるのに夢中で全然こっちの方見ないな!?


 割と本気で命懸けてる感じなんだけど!?



   ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 くっ……! これじゃ私たち、完全に食べ損じゃないの……!

 いえ、自分で注文した商品を食べてるんだから別に損しているわけではないのだけれど……!


「い、いやー、だいぶ汗かいてきちゃったなぁ。ねぇ、青海さん?」


 ……なるほど。

 まず孝平くんの気を引かないことには始まらないということね、紅林さん。


 いいわ、ここは協力するとしましょう。


「え、えぇ、そうね。私は本来あまり汗をかかない体質なのだけれど。流石にこれはかなり効いているわ」


「ここまで汗かいちゃうと、もう雨に降られたみたいな感じだよねー」


「もはや、びしょ濡れと称していいレベルね」


 そんな会話を交わしながら、孝平くんの方を窺い見る。


「二人とも、あんまり喋らない方がいいんじゃないか? 下手に舌を動かすと刺激されて辛さが余計にしんどくなるぞ?」


 本当にぜんっぜんラーメンから視線を外す気配ないわね!?


 あと、舌の方はおっしゃる通り喋る度にめちゃくちゃ痛いわよ!


「ねっねっ、孝平。ちょっとアタシの方を見てみない? ちょっとでいいから」


「今なら……珍しい私の姿を見れるかも、しれないわよ?」


 紅林さんに合わせて、私もさっきより直接的な物言いに切り替える。


 少々スタンスには反するけれど、この際やむを得ないでしょう。


「ごめん二人共、今はこの目の前の山を登るのに集中したいんだ」


 くっ……! 私たちよりも激辛の方が魅力的だと言うの……!?

 割と敗北感が半端ないのだけれど!?


 これは手強いわよ、どうする……? という意思を込めた目を、紅林さんに向ける。


「………………」


 だけど、紅林さんから返ってくる視線はなかった。

 紅林さんはいつの間にか手を止め、ジッとただただ孝平くんを見つめている。


 ……?

 これは、どういう作戦なのかしら……?


 この私にも読ませないとは、なかなかのポーカーフェイスね……。

 まるで、何も考えていないアホ面にしか見えない完璧な擬態……んんっ?


 いや、というかこれ……。


「うへへぇ、孝平の汗を舐め取ってあげたぁい……」


 こ、この女……!

 早々に諦めて、孝平くんの汗だく姿を楽しむ方向に切り替えただけだわ!?


 なんて薄弱な意思……!

 やっぱり、本来脳に必要な栄養が胸部の無駄な脂肪に吸い取られているのね……可哀そうに……。


 惰弱な豚と違って、私は初志を貫くわよ!


 ………………まぁ、でも、アレね。

 戦いには、多少の休息も必要よね。


 そして……孝平くんの動向を常に窺うことは、こちらの方針を定める上でマストと言っていい。


 つまり、休憩しながら孝平くんを観察するのも作戦の一環ということよ!


 ふふっ、改めて見ると孝平くんもやっぱり凄い汗ね。

 彼、基本的に文化系だからここまで汗だくになっているのを見るのは初めてかも……。


「はぁ、こういう姿も新鮮ねぇ……」

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