第17話 テストを終えて
「いやー、終わった終わったぁ! よーやく終わったぁ!」
中間テスト最終日の日程を全てこなし、優香が清々しい表情で伸びをする。
「終わったのはいいけれど……別の意味で終わったりしていないでしょうね? 貴女の成績如何によって、私の運命まで変わってくるのよ?」
ギロリ、と鋭い目で玲奈が優香を睨む。
例の『何でも言うことをきく』の件を言ってるんだろうけど、運命とはまた大げさだな……。
「大丈夫だいじょーぶ! どの教科も大体解答欄埋めたし! 半分くらい勘だけど!」
「こんなにも安心出来ない『大丈夫』を聞くのは人生で初めてね……」
自信満々って表情で胸を張る優香に対して、玲奈は不安げに眉根を寄せた。
つーか、ホントに大丈夫なんだろうか……まぁ、今更言っても仕方ないけど。
「ねぇねぇ孝平! このあと、パーッとどっか食べに行こうよ! アタシ、頭使いすぎてめっちゃお腹すいちゃってさー!」
「いいけど、今日から部活じゃないのか?」
「や、ウチの部ってテスト最終日まで活動自粛なんだよねー。テスト当日にちゃんと自己採点して復習するように、ってさ」
「……なら、早く帰って復習するべきではないの?」
「んなの真面目にやってる子なんていないってー。てか、そう言うなら青海さんは一人で先に帰って復習でもなんでもすればー?」
「それは普通にやるけれど、私の場合は復習が必要な箇所が少ないからすぐ終わるもの。多少寄り道して帰ったところで問題ないわ。貴女と違って、ね」
「ぐうの音も出ないとはまさにこのことだよね……!」
ちょっと悔しげに呻いてから、優香は顔に笑みを戻す。
「って、今はそんな辛気臭い話よりご飯だよー!」
どうやら頭を切り替えたらしい。
俺としても空腹感はあったので、その提案に否はない。
「今の話の感じ、玲奈も行くんだよな?」
「えぇ、今はまだコンクールまでかなり余裕もあるし」
「オッケー」
玲奈の返答に、一つ頷く。
「ちなみに、どっか行きたいとことか食べたいものとかあるか?」
「んー、ガッツリ系?」
「せっかくだし、家では出てこないようなものが良いわね」
二人の答えを受けて、頭の中で候補を検索。
一つ、思いついた店があった。
「二人共、辛いのは平気だっけ?」
「むしろ超得意だよー」
「私も、好きな部類ね」
「んじゃ、ちょっと行きたい店があってさ……」
今度行った時こそは、是非
◆ ◆ ◆
というわけで、やってきたのは。
「激辛の殿堂」
「
優香と玲奈が、それぞれ看板の文字を読み上げる。
そう、店名から真っ赤な看板から全力でアピールしている通りこの『辛辛館』は辛さをウリにしてるラーメン屋なのだ。
「らっしゃせぇ!」
「三人、お願いします」
「はぁい! こちらへどうぞぉ!」
元気の良い女性店員さんに案内され、端っこの方の席に着く。
「他にお客さんがいないようだけど……大丈夫なの? このお店」
「中途半端な時間だからじゃなーい?」
店内を見回しちょっと不安そうな表情を浮かべる玲奈と、対照的に気楽げな優香。
「それもあるだろうけど、やっぱ客を選ぶ店だからな。ほら、メニューは一種類だけで選ぶのは辛さだけって潔さだし」
机に用意されたメニューに目を向けると、真っ赤なラーメンの写真の隣に『辛さ控え目』『普通』『辛め』『超辛い』『究極の辛さ』と書かれている。
「ご注文、お決まりですかー? 当店、メニューは『クソ辛ラーメン』一種類のみで辛さだけ選んでいただく形となっておりまーす」
さっきの女性店員さんが、伝票を手にそう説明してくれた。
「俺はこの、『究極の辛さ』で」
迷いなく、一番上の辛さを指す。
「じゃあ、アタシもー」
「私も同じもので」
「あ、いや、ちょっと待ってくれ」
軽い調子で続く二人を、慌てて止めた。
「この店の一番上の辛さはマジで辛いらしいから……ですよね?」
俺が説明するより説得力があるかと、店員さんに水を向けてみる。
「はいー、当店の『究極の辛さ』は作ったヤツ頭イカレてんのかってくらいマジでバチクソに辛くなっておりましてー。わたくしバイト初日に『究極の辛さ』を何の説明もなく試食させてきた店長に対して未だ色褪せない新鮮な殺意を抱いておりますー」
いや、それは知らんけども……。
「てなわけだから、まずは『辛め』くらいからチャレンジした方がいいと思う。俺は前回『超辛い』まで挑戦してるけど、それでも結構な辛さだったしさ」
「平気平気ー。言ったでしょ? アタシ、辛いの超得意だから」
「私も、問題ないわ」
うーん……まぁ、警告はしたし後は自己責任か……?
「じゃ、『究極の辛さ』三つで」
「ご愁傷さまで……間違えました、かしこまりましたー!」
ニンマリ笑って、踵を返す店員さん。
この人、明らか俺たちが地獄を見ることを期待してるよな……。
「ふふっ、大げさな店員さんだよねー」
「そうね、そういう部分もエンターテイメントとして提供しているのかも」
「なるほど、色々と考えるもんだねー」
いやぁ、たぶんガチなんだよなぁ……。
◆ ◆ ◆
気楽げな二人とは違って、若干の緊張を抱きながら待つこと数分。
「お待たせ致しましたー、『究極の辛さ』三つでーす!」
爽やかなスマイルと共に、店員さんが真っ赤なラーメンを三杯運んできてくれた。
「わたくしと致しましては、永久に待ってた方が良かったと思いますけどねー」
なんかこの店員さん、だんだん遠慮がなくなってきてない……?
「わー、真っ赤で美味しそー!」
「なかなか期待出来そうね」
二人の台詞がフラグでないことを祈る……。
「いただきまーす!」
「いただきます」
優香が元気よく、玲奈が丁寧に手を合わせて、箸をラーメンへと向ける。
『ズルズルズルッ!』
二人共、いきなりそんなに勢いよくいって大丈夫か……!?
赤は警告色だぞ……!? 本能が警鐘を発しないのか……!?
と、俺がハラハラ見守る中……二人の動きが、ピタリと止まった。
◆ ◆ ◆
【紅林優香】
いや……いやいやいやいや。
マッッッッッッッッッッッッジでバチクソに辛いな!?
これ作った人、明らか正気失ってるでしょ!?
だってもうこれ、食べ物じゃなくて兵器だもん!
アタシ今、口内に攻撃を受けてるよ!?
もはや、辛さを感じるフェーズすらなく痛かったもんね!?
駄目だ、事前にあんなこと言った手前ちょっと格好悪いけどギブアップしよう……。
流石に兵器は想定してなかったもん、仕方ないよね……。
うっわ、一口食べただけでめっちゃ汗出てきたよ……。
………………ん? 汗?
……閃いた!
◆ ◆ ◆
【青海玲奈】
いや……いやいやいやいや。
本っっっっっっっっっっっっ当にバチクソに辛いわね!?
これ作った人、どう考えても精神に異常をきたしているでしょう!?
確かに、辛味は味覚じゃなくて痛覚で感じると言われてはいるわよ!?
だけど普通、少なくとも『辛い』とは感じるじゃない!
こんなダイレクトに『痛い』に繋がる食べ物なんてある……!?
これ、二口目以降を食べ続けられる人なんていないでしょう……!
孝平くんと店員さんの忠告に従っておくべきだったわね……。
せっかく作ってくれたものを破棄することになって申し訳ないけれど、ギブアップするしかないわ……。
「まぁ二人共、ギブアップするのは恥じゃないからな?」
まったく、その通りね……と思いながら孝平くんの方を見ると、『チュルチュルッ』とまずは数本の麺を慎重に啜っていた。
なるほど、私もそうすべきだったのね……。
まぁ孝平くんもギブアップするというのなら、私もギブアップしやす……。
『チュルチュル……ズルッ……ズルズルズルッ!』
ちょっ……孝平くん、正気!?
二口目以降を……それも、徐々に豪快に啜り始めるだなんて……!
まさか、この痛みを乗り越えたというの……!?
「なるほど、噂通りの辛さだけどしっかり旨味が感じられるな……」
旨味!? 旨味ですって!?
私はそんなもの、一ミリも感じられなかったけれど!? 痛みオンリーだったけど!?
というか今も新鮮な痛みしか感じていないけれど!?
「ふ、ふふっ……確かにそうだねー……」
紅林さんまで……!?
……って、いや貴女の場合はそれ明らかに無理してるでしょう!?
なんだかちょっと痙攣し始めているような気がするし!
「あー、辛い! 辛いけど、好きだからなー! 好きだから食べちゃうなー!」
あぁっ、だというのに二口目を!? 何がそこまで貴女を駆り立てるというの……!?
ほら、ますます汗が噴き出して……。
……ん?
紅林さん、どうしてチラチラと自分の胸元を見ているのかしら……?
別にいつも通り無駄な脂肪があるだけで、今は汗でちょっと透け始めているくらい……。
「っ!?」
瞬間、私の中に閃いた単語……それは、
まさか、紅林さん……この場で透けブラを発生させようとしているというの!?
なるほど、考えたわね……!
基本的に、透けブラとは雨に降られた時などに発生するもの。
少なくとも、こんな屋内で生じるとはきっと孝平くんも考えていないでしょう。
だからこそ、不意打ち的に目にした時のドキドキは格別なものになるというわけね……!
それに、この場に他にお客さんはいない。
フロアの店員さんは女性一人だけ……どれだけ透けても、他の男性には見られないって寸法か。
ふふっ……そういうことなら、私も利用させてもらうわよ!
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