第15話 金森日和から見た三人

「ねぇねぇ、『愛してるゲーム』しようよ!」


 とある休み時間、優香がそんな提案をしてきた。


「愛してるゲームって、あれか。確か……『愛してる』って言って、照れたり笑ったりした方が負けっていう感じのやつだよな?」


「そうそう、それそれ!」


 俺が知っていたことが嬉しいのか、優香はニパッと笑う。


「面白そうなゲームね。私もやってみたいわ」


 と、玲奈も乗り気みたいだ。


「……なんか、ちょっと意外。そんなことやってる暇があるなら勉強なさい、とか言われるかと思ったけど」


「休み時間は、休むためにあるの。授業の合間にまで根を詰めすぎて授業に集中出来なくなっては本末転倒よ」


 言葉通り意外そうな表情を浮かべる優香に、玲奈は涼しい態度で返す。


「なるほど……それはそうと青海さんて、アレだよね。必敗の勝負に乗ってくる度胸が凄いよね。そういうとこ、割と普通に尊敬するよ」


「どういう意味かしら……?」


 本当にわかってなさそうな顔だな……。


「うん、まぁ、もう結果は見えてるなって思って」


「そうね、私の勝利で。あまりに私に有利すぎるゲームで申し訳なく思うくらいだし」


「……そうだね、青海さんの言う通りだね」


「なぜ優しい感じの微笑みを浮かべるの……?」


 生暖かい目を向ける優香を、玲奈は不気味そうに見ている。


「しかし、このメンツでやるなら審判役がいた方がいいかもな」


「別に、お互いで判定すればいいでしょう?」


『うーん……』


 玲奈の言葉に、俺と優香が唸った。

 たぶんだけど、俺や優香が指摘しても玲奈は照れてるって認めない気がするんだよな……。


「ほら、第三者の目もあった方が公平感あるだろ?」


「まぁ、そうかもしれないわね」


 とりあえず、納得はしてくれたみたいだ。


「それじゃあ……」


 誰に頼むか……と考えながら、教室を見回してみる。


 が、タイミングが悪いのか談笑してたり勉強してたりしてる人が多い。

 それを邪魔してまで頼むもんでもないしなぁ……。


 誰か、暇そうにしてる人でもいれば……おっ!



 ◆   ◆   ◆



【金森日和】


 自分で言うのもアレだけど、私はとってもモブっぽいと思う。


 クラスで目立たない存在。

 友達がいないわけじゃないし、イジメられたりしているわけでもない。


 そんな特徴さえもない、一般ピーポー。


 だからってわけでもないけど、時々あの人たちのことが羨ましく思うことがある。


 白石くんに、青海さんと紅林さん。

 間違いなく、ウチのクラスで一番有名な人たち……というか、割と他クラスにも知れ渡っているみたい。


 まぁ、それはそうだろう。

 白石くんを巡る勝負だなんて名目で、所構わずイチャイチャしてるんだから。


 だけど……そうじゃなくても、元から目立つ人たちだ。


 白石くんは、人当たりが良くて友達が多い。

 私は去年も同じクラスだったけど、去年も……今とは違う意味で、クラスの中心人物だった。


 空気の読める、気配り上手。

 喧嘩の仲裁とかにも積極的に入ってくれるし、彼を頼りにしている人は沢山いる。

 今でこそこんな状況だけど本来は成績も優秀な優等生で、先生方の信頼も篤いと思う。


 紅林さんは、言わずと知れた陸上部のエース。

 二年生にして全国区の選手で、何度も集会で表彰されてる。


 そして、男子の中心人物が白石くんなら女子の中心人物は紅林さんだ。

 明るい性格で、ムードメイカー的存在って感じ。

 あと、誰が言い出したのかは知らないけど学年二大美少女とやらの一人にもカウントされてる。


 そして、紅林さん以上に言わずと知れた存在が青海さん。

 小さい頃からいくつも絵で賞を取ってるらしいし、彼女も集会じゃ表彰の常連だ。


 勉強でも全国上位常連の、完璧人間。

 だけど青海さんの場合、目立つ何よりの理由はその見た目かも。

 凛として人を寄せ付けないような孤高の雰囲気は、見る人を否応無しに魅了する。

 もちろん、学年二大美少女のもう一角は彼女だ。


 憧れなのか羨望なのか自分でもよくわからないけど、そんな三人が気になって私はよく観察していた。

 遠目にだから、会話の断片くらいしか聞こえないけど……。


「っ……!?」


 ヤバッ!? 白石くんと目が合っちゃった……!

 何見てんだよキメェ、とか思われちゃったかな……。


 ……って、こっちに来た!?


「金森さん」


「あっ……私の名前、知ってるんだ……」


 開口一番、思わずそう言ってしまった。


「ははっ、そりゃ知ってるよ。去年も同じクラスだったんだしさ」


 いや、その上で私なんて認識されてないと思ってたんで……。


 にしても白石くん、私なんかに何の用なんだろう……?


「今から俺たち、『愛してるゲーム』っていうのをやるんだけどさ。あっ、『愛してるゲーム』って知ってる?」


「あ、うん」


 さっき説明してるとこは聞こえてきてたからね。


「そりゃ良かった」


 これだけのことで、ニコッと爽やかに笑う白石くん。

 顔立ちも整ってるし、モテるのも納得だよなぁ……。


 なんて、ぼんやり考えていて。


「それで金森さん、もしよければ審判役をお願いしてもいいかな?」


「あ、うん」


 流れで、さっきと同じように頷いてしまった。


 ……あれ、ちょっと待って?

 私、今、何を頼まれた……?


「ありがとう、助かるよ! それじゃ審判、よろしく!」


 はい!? 私が審判!?


「実は……俺や優香じゃ、玲奈に『照れてるだろ』って言いづらくてさ」


 私の耳に口を寄せて、コソッとそんなことを囁く白石くん。


 いやいやいや、私の方が百倍言いづらいんですが!?


「審判役、やってくれるってー」


「ホント? ありがと、金森ちゃん!」


「手間をかけるわね、よろしくお願いするわ」


 正直、紅林さんまでが私の名前を知ってたことが意外だった。


 嬉しくなかったかといえば、嘘になる。

 あの三人の中に混ざるっていうシチュエーションに、ちょっとドキドキしている自分もいる。


 ……けれど。


「だけどやるからには、くれぐれも公平なジャッジをお願いするわよ?」


「ひぇっ!?」


 いやこのドキドキは、たぶんお化け屋敷に入る時とかのに近い気がするなぁ!?


「あぁ、金森さんはもしかして玲奈と話すの初めて?」


「う、うん……」


 というか青海さんに関しては、話したことのある人の方がレアだと思う。


「最初はちょっと怖く見えちゃうかもしれないけど、脅したりしてるわけじゃないから安心してね。本人に他意はないんだ」


「そーそー、青海さんは目付きが悪いだけだもんね」


 そう……なの?

 さっき、『誤審なんてしたら首を刎ねるわよ?』って感じの目で睨まれた気がするんだけど……。


「失礼ね、誠心誠意お願いしているっていうのに」


「ははっ……玲奈の誠意は伝わりづらいから」


「ていうか青海さん、誠意なんて概念持ってたんだね?」


「貴女はさっきから普通に失礼なことを言っているわよね?」


 だけど……確かに。

 紅林さんを睨んだりはしてるけど、なんだかそれもじゃれ合ってるような感じ……なの、かな?


 思ってたより怖い人じゃないのかも……。


「さて、それじゃあ始めようか。審判、最初は誰から誰への愛してるにする?」


 えっ、そこも私が決めるんだ……。


「えっと、じゃあ……ぴぅ!?」


 青海さんが『私と孝平くんを選ばないと縊り殺す』とばかりの目で見てくる!?


 い、いやいや、落ち着け……思ったより怖い人じゃない……思ったより怖い人じゃない……。

 ……でも、あの、せっかくだから青海さんを選ぶことにするね?


 べ、別に怖いからじゃなくて……その、厳正な抽選の結果そうなっただけだから……。


「し、白石くんが青海さんに『愛してる』で……!」


「よしきた」


「孝平くん、手加減は無用よ」


「もちろんだ」


 あっ、良かった……なんだか、青海さんの機嫌もちょっとよくなったっぽい……かな?

 たぶん……。


「いくぞ、いいか?」


「いつでもどうぞ」


 澄ました表情でそう言う青海さん。


 ……だけど、なんか既にちょっと顔が赤いような?


「玲奈……愛してる」


 はわっ……キリッとした表情の白石くんが言うと絵になるなぁ……。

 全然正面から言われたわけじゃない私でさえもなんだかドキドキしてきちゃった……。


 こりゃ、青海さんは……と、目を向けると。


「っ……!」


 あぁ、やっぱりめちゃくちゃ赤くなってる!

 口元が凄いニヤけてる!

 なんかプルプル震えてるから耐えようとしてるんだろうけど、一ミリも耐えられてない!


 これは、同じクラスになって……というか、この『勝負』が始まって初めて知ったことなんだけど。

 青海さんは一見、無表情でほとんど笑ったりしないように見えて……というか、実際普段は割とそうなんだけど。


 白石くんの前では、感情ダダ漏れになるんだよなぁ……恋する乙女って、可愛いな。


 なんて思って、クスリと笑いながら。


「照れちゃったから、青海さんの負けですねー」


「は?」


「ぴぁ!?」


 判定を下したら、なんか凄い目で睨まれたんだけど!?


 い、いやいや、落ち着きなさいって私……別にこれも脅してるわけじゃなくて……。

 たぶん、ちょっと驚いて思わずこっちを見ちゃっただけ……きっと、そう……。


「照れてないわよね?」


「はいはい青海さん、脅すの禁止ー」


 やっぱり脅してたんじゃん!?


 『判定を覆さないと埋めるわよ?』ってメッセージを読み取った私が正しかったんじゃん!

 思った通り怖い人なんじゃん!


「ははっ……まぁ実際、今のはちょっとだけ照れが見られたかもな?」


「……そう。第三者と孝平くんがそう言うなら仕方ないわね」


 ホッ……流石は白石くん、上手いこと収めてくれた……。


 うぅ、だけどまだドキドキしてるよ……。

 もちろん白石くんの『愛してる』を引きずってるわけじゃなくて、青海さんの暗殺者の目が怖くて……。


「じゃ、じゃあ次は白石くんから紅林さんに『愛してる』で……」


「わかった」


「よーやくアタシの出番だねっ!」


 だけど、怖いゾーンはもう終わりだよね……良かった……。


「あっ、そうだ金森ちゃんさ」


「はい?」


 紅林さんは、優しいもんね。


「事前に、一つだけ確認なんだけどさ」


 んんっ……?

 ど、どうして至近距離にまで顔を近づけてくるの……!?


「アタシたち、お友達だよね・・・・・・?」


「ぴぅ!?」


 怖っ!?

 笑顔なのに目だけ笑ってない分、もしかしたら青海さんより怖いかも!?


 い、いやいや、きっと紅林さんには脅す意図なんてなくて……。


「こらこら、脅すな優香」


 やっぱ脅してるんじゃん!?


 なんなのこの人たち!?

 なんで毎回欠かさず脅してくるの!?

 前世は山賊か何かだったの!?


 思ってたより全然怖い人たちだったよ!


 も、もしかして白石くんも……!?



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 ははっ……優香の奴、なんか緊張してる感じの金森さんを和ませようとして冗談で脅しみたいなこと仕掛けたわけだけど……。


「怖い……怖い人たち……とんでもないところに来てしまった……」


 普通に逆効果だったみたいだな?

 流石にこのままだと金森さんも可愛そうだし、誤解を解いてフォローしとかないとな。


「あの、金森さん……」


「何もせずとも屈するので脅さないでください!」


 お、おぅ……だいぶ食い気味に叫ばれてしまった……。


 いや、ていうかそんなことを大声で言われると……。


「おぉ、白石が金森さんを脅して屈させとるぞ」


「いや、何もせずとも屈するって言ってるんだから脅してはいないんじゃないか?」


「じゃあ、単に屈させたんだね」


「何を言ってるかよくわかんねーが、脅して屈させるより酷い気がするな?」


 この日、俺の風評被害が新たに広がった。



 ◆   ◆   ◆



 なお、この後金森さんとちゃんと話して誤解は解きました。


 解けた……と、思う。

 たぶん。


 なんか、涙目で震えながら「わかっています……全て理解しています……だからもう何も言わないでください……」って言われたんだけど……誤解は、解けてる……と、いいなぁ……。

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