第14話 雨の日の決着

【青海玲奈】


「い、いやぁ、言ったかなぁアタシ……『あの』天気予報だなんてさぁ……」


「確かに言ったわ。というか今、『あっ』って言った時点で認めたようなものでしょう」


「ぐむ……!」


 策士策に溺れるとはこのことね、紅林さん?

 己の迂闊な発言を呪うがいいわ。


 一方の私は、『ついうっかり』という最強の盾を手に入れた。

 私に『抜けたところがある』だなんて、あらぬ疑惑の余地を残してしまうことにはなったけれど……まぁ今までの行動から考えて、風評被害だってことは自明だし気にすることもないでしょう。


 これで、私の勝利よ!


「えーと……アタシもその、天気予報は見たけどついうっかり……」


「あらあらぁ? もしそれが事実なら、貴女は孝平くんに色々としてあげる前にもっと自分のことをしっかりするべきではなくて?」


「ぐむぅっ……!」


 ふふっ、今までのキャラ付が仇になったわね?

 こう言い方をすれば、肯定するのは難しいでしょう。


 私の勝利は揺るがないわ!


「あっ!」


 んんっ……?

 何か思いついたような表情ね……?


「そうそう、しっかり者のアタシはちゃんと折りたたみ傘は持ってきたんだけどねー。登校途中に、野球のボールが飛んできてさー。咄嗟に鞄でガードしたら折りたたみ傘に当たっちゃったみたいで、壊れちゃったんだよねー。いやー、参った参った」


 チッ……そういう方向できたか。


「そんな、明らかに今作ったお話が通じると思って?」


「困るなぁ青海さん、そんな言いがかり付けられちゃさぁ。事実だから仕方ないじゃない」


「さっき、また『あっ!』って言ったでしょ」


「それはほら、ボールが飛んできた時の衝撃を思い出して」


「そんなに言うなら、その壊れた傘というのを見せてみなさいよ」


「それが、もう壊れちゃったから捨てちゃったんだよねー。参ったなー、こんなことになるなら証拠として持っとけば良かったかなー」


「白々しい……!」


 とはいえ、彼女がこう言い張る以上はなかなか攻めづらいわね……。

 あとはもう、折りたたみ傘の実物を見つけて無事である事実を突きつけるくらいしか……。


「それより青海さんも、ついうっかり持ってきた事実を忘れちゃってたりするんじゃないの? アタシも一緒に探してあげよっか? ほら、その辺りに……」


「ちょっ……!? 人の鞄の中を覗き込まないでもらえる!? マナー違反よ!?」


 この女、ついに物理に訴えてきたわね……!?


「いやいや、あくまで親切心だから。こういうのって、自分じゃ見つからなくても他人が探すと一発だったりするじゃない? ほら、そんなに隠さないで」


「くっ、流石陸上部だけあって素早い……!」


 フィジカル勝負になってくると、私の方が圧倒的に不利と言わざるをえないわね……。


 だけど、絶対に折りたたみ傘を所持していることがバレるわけにはいかないわ……!

 最初の段階ならまだしも、今となっては絶対に……!


 だって……だって……!

 本当は傘を持っているのにこんなに頑なに隠しているだなんてことがバレたら、まるで私が孝平くんと相合傘したくてしたくてたまらないみたいじゃない!


 私の方から孝平くんを追いかけているかのような、そんな誤解を与えるわけにはいかない……!

 ここまできたら、なんとしても隠し通す必要があるわ……!


「というか貴女はキャラ的にバレてもノーダメージなんだから、ここは譲りなさいよ!」


「急に何の話!?」



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 ふむ……この反応、さては二人共『持ってる』な?


 それを指摘するのは簡単だけど、二人の望むところじゃないだろう。


 そうなってくると……よし。


「二人共、ちょっとこっちに来てくれないか?」


『……へ?』


 言い争っていた二人は、俺の言葉にキョトンとした表情となる。


「いいけど……」


「どうしたっていうの……?」


 怪訝そうな顔ながらも、二人はこちらに身を寄せてくれた。


 それに対して、俺は両手を広げて。


『わひゃっ!?』


 二人をギュッと抱き寄せると、二人の声が重なる。


「ちょ、ちょっと孝平!?」


「いきなりどうしたの……!?」


「窮屈で悪い。だけど、こうして三人で一つの傘に入るのがベストかなって」


 間近に見える二人の顔が、見る見る朱に染まっていった。


「そ、そういうことなら仕方ないわね……! 私は傘を持っていないものね……!」


「んぅっ……孝平を抱きしめるのも好きだけど、抱きしめられるのも好きかもぉ……!」


 顔を逸らす玲奈と蕩け顔の優香を伴い、傘を広げて雨の中へと歩き出す。


「二人共、もっと近づいてくれ。このままじゃ、まだ濡れちゃいそうだ」


「そうね……! 濡れないためには仕方ないわね……!」


「うふふぅ……孝平の腕、力強いよぅ……!」


 腕に力を込めると二人は更に密着してきてくれて、どうにか雨に濡れずに進めそうだ。


 ふぅ、なんとか上手く収められて良かった。


「おい、なんかえらい格好で出てきた奴らがいるぞ……」


「誰か傘貸してやった方がいいんじゃないか……?」


「やめとけ……本人たちは幸せそうだ……」


 なお、周囲の声については聞かなかったこととする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る