第13話 雨の日の心理戦

 とある放課後、教室での勉強会を終えて。


「テスト前だと部活がないから、孝平と一緒に帰れるのがいいよねー」


「同意はするけれど、貴女ちゃんと自宅でも勉強もしているんでしょうね?」


「うっ……い、一応は?」


「この子の部屋に監視カメラでも付けてやろうかしら……」


「ははっ……頑張ろうな、優香」


「はい……」


 そんな雑談を交わしながら、昇降口へと向かう。


 靴を履き替え、外へ……っとと、傘を忘れないようにしないとな。

 今日は天気予報じゃ夕方から雨って話だったし、実際分厚い雲に覆われた空は今にも降り出しそうだ。


 ……なんて考えていたら。


 ──ポツ……ポツ……ポツポツポツ……ザァーッ!


 最初に数滴の雨粒が降り注いできたかと思えば、瞬く間に土砂降りになった。


「間が悪いな……」


 なにも、今まさに帰ろうって時に降り出さなくても……。


 まぁでも、やっぱり傘持ってきて正解だったな。

 ……って、あれ?


「二人共、傘は?」


「あははー、うっかり忘れちゃって」


「同じくよ」


 傘を取る様子がない二人に尋ねると、そんな答えが返ってきた。

 二人共、そう言いつつもなんか嬉しそうに見えるけど……あぁ、なるほど。


 狙いは、『相合傘』か。


 とはいえ……。


「そっか、参ったな……」


 もちろん、どっちか一人だけなら俺の傘に入ってもらえばいいんだけど……。


「……ちなみに、この傘を二人に使ってもらって俺はダッシュで帰るっていうのは?」


『チィッ!』


 傘を差し出すと、盛大に舌打ちされた。


 まぁ、そうなるよな。

 さて、ならどうするのがベストか……。


「まー、しゃーないか……」


「仕方ないわね……」


 そんな風にボヤきながら、二人はほぼ同時に自分の鞄に手を入れた。


『っ!?』


 かと思えば、これまた同時にハッとした表情で顔を上げてお互いを見る。


 二つの視線が交錯して──



 ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


 鞄に手を入れる青海さんの姿を見て、アタシは瞬間的に悟った。


 この女、持っている・・・・・な……!?


 折りたたみ傘を持ってるくせに、孝平と相合傘をしたいがために持ってないフリをするだなんて……!

 なんて浅ましい女なの……!


 だけど、そういうことならまだチャンスはある!


 青海さんにだけ傘を出させれば、アタシが孝平との相合傘をゲットだよ……!



 ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 鞄に手を入れる紅林さんの姿を見て、私は瞬間的に悟った。


 この女、持っている・・・・・わね……!?


 折りたたみ傘を持っているにも拘らず、孝平くんと相合傘をしたいがために持ってないフリをするだなんて……!

 なんて浅ましい女でしょう……!


 だけど、そういうことならまだチャンスはあるわ!


 紅林さんにだけ傘を出させれば、私が孝平くんと相合傘出来るというわけね……!



 ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


「どうしたのかな、青海さん? もしかして、折りたたみ傘を持ってるとか?」


 まずは、軽いジャブ。


 持ってることは、お見通しだよ?

 さっさと出しちゃえば?


「いいえ、タオルを出そうと思っただけよ。濡れた時に備えてね」


 と、鞄からタオルを取り出す青海さん。


 まぁ、流石にそう簡単にボロを出したりはしないよね……。


「紅林さんこそ……鞄に手に入れたまま固まってしまって、どうしたの? 折りたたみ傘、早く出せばいいじゃない」


 ふっ、向こうもお見通しってわけか……そりゃそうだよね。


「ふふっ、なんのこと? アタシもタオルを出そうとしてただけだよ。ちょっと、鞄の中がごちゃっとしてて探すのに時間がかかっちゃったけど」


 と、アタシも何事もなかったかのようにタオルを取り出す。


「いやぁ、困っちゃったなー。折りたたみ傘なんて持ってないしなー」


「そうね、困ったわね。折りたたみ傘なんて持っていないもの」


「……青海さん、本当に持ってないのぉ? 実は隠してるだけなんじゃなぁい?」


「そんなことをして何になるというの? というか……そんな発想が出るということは、貴女の方こそ実は折りたたみ傘を持っているんじゃなくて?」


「ははっ、そんなわけないじゃーん」


 チッ……このままじゃ埒が明かないね……。

 何か……何か、攻めどころはないかな……?


 さりげなく、青海さんのことを観察してみると……。

 おや? あれって、もしかして……。


「ねぇ、青海さん。そのキーホルダー、いつもは付けてないよね? どうしたの?」


「あぁ、これ?」


 尋ねると、青海さんは鞄に付けている簡素な車のキーホルダーを摘み上げる。


「今朝の占いで、ラッキーアイテムが『お菓子のおまけ』だって言っていたから。ちょうど家にあったのを付けてきたの」


 青海さんの趣味とは合ってなさそうだし、もしかしてと思ったけど……ビンゴ・・・


 ふふっ、占い好きが裏目に出たね青海さん……!

 残念だけど、そのキーホルダーは今日のアンラッキーアイテムだったみたいだよ!


「へぇ、そうなんだ? 占いって、もしかして『めざますテレビ』の?」


「えぇ、そうね」


「アタシもいつも見てるよー。あれ、意外と当たるよねー」


 まずは、雑談で油断させる……!


「まぁ、鰯の頭も信心からという感じだけれど」


「いやぁ、アタシ今朝は見逃しちゃってさー」


 ここで、予防線も忘れずに張っておいて……!


「乙女座、何位だった?」


「残念ながら、十一位だったわね」


「あちゃー、そっかー。どうりで今日、なんか運が悪いと思ったよー」


 なんてね。

 むしろ、最高の結果だよ……!


「……あれれぇ? でも、おかしいなぁ?」


 ここで、刺す・・


「あの番組、十一位から発表していって最後に一位と十二位の発表だからぁ……十一位を知ってるってことは、占いを最初から見てたってことだよねぇ? だとすれば、直前の天気予報を見てないってことはないんじゃないかなぁ?」


「っ!?」


 ふっ……今更自分の失態に気付いても遅いよ青海さん!


「まさかピンポイントで占いが始まる瞬間にテレビを付けただとか、そんな苦しい言い訳をしたりはしないよねぇ?」


「くっ……!」


 こう言えば、プライドの高い青海さんは今アタシが言ったみたいな言い訳は採用出来ないはず!


 さぁ、認めちゃいなよ!

 天気予報を見て、折りたたみ傘を持ってきていると!


「……ふっ」


 小さく笑う青海さん。

 潔く負けを受け入れた笑みってことかな?


「そもそも私は、『天気予報を見ていない』だなんて一言も言っていないけれど?」


 それは、確かにそう……かな?

 だとしても、優香ちゃん大勝利って結果は変わらないけどね!


「そして、天気予報を見たからといって傘を持ってきているとは限らないでしょう?」


 ふふんっ、小賢しい言い訳を……。


「いやいや、それこそおかしいでしょぉ? 用意周到な青海さんが、あの天気予報を見て傘を持ってこないはずがないじゃなぁい?」


「私、こう見えて案外抜けたところもあるのよ」


「なるほどそれは確かに」


 ……ほぎゃぁしまったぁ!?

 思わず頷いちゃった!?


 だ、だって、今までのあれこれを思い出すと一ミリも否定出来る要素がないし……。


「……どういう意味かしら?」


「いや、なんで自分から言っといて半ギレ気味なの!?」


 えっ、待って待って?

 まさかこの人、自分じゃ抜けたところがないと思ってらっしゃる……?


 いやいや、まさかそんな……。


「まぁ、それについては今はいいわ」


 そ、そうだ。

 今は青海さんの自己認識について思いを馳せたりしてる場合じゃない。


「そんなわけだから、意外と抜けたところがある私は天気予報で夕方から雨であることは確認していたけれどついうっかり傘を持ってくるのを忘れてしまったのよ」


 くっ……!

 これは、アタシの攻め方が悪かったかもしれない……!


 よりにもよって、最強の免罪符『ついうっかり』を青海さんに与えてしまった……!


 これじゃ、どんなに追い詰めても『でも、ついうっかり』で済まされちゃう可能性が高いよ……!

 青海さん、今までの己の失態を逆手に取るとはなんていう策士……!


 たぶんそこまで考えての発言じゃないと思うけど……!


「それより、貴女の方こそ……今、おかしなことを口走ったわよね?」


 え……?

 アタシ、なんか言ったっけ……?


 ちゃんと、『占いは見逃しちゃった』って予防線は張ったし……。


あの・・天気予報? それって、件の天気予報を見てないと出てこない言葉よねぇ?」


「あっ……」


 し、しまったぁ……!


 青海さんを追い詰めるのに集中しすぎて、終盤で自分のディフェンスが甘くなってたぁ……!?

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