第9話 謀略渦巻く勉強会

「勉強会をしましょう」


 中間テストも近づいてきた頃、玲奈がそんな提案をしてきた。


「俺は構わないよ、玲奈と一緒に勉強出来るんなら助かるし」


 特に悩むこともなく頷く。


 これも玲奈からのアプローチの一環なら受けるべきだし、そうじゃないとしても普通にありがたい。

 玲奈は学年トップの成績で、意外と……って言ったら失礼だけど、教えるのも上手いんだよな。


「………………」


 一方、優香はなんだか疑わしげな表情で黙していた。


「で、場所はどうする?」


 そちらを気にしつつも、話を進める。


「私の家とか、どうかしら?」


「はい! 反対です!」


 玲奈が案を口にした瞬間、優香が素早く挙手して否定した。


「そんな危険なところに孝平を放り込めるわけないでしょ!」


「まぁ、なんて酷いことを言うのかしら」


 玲奈は、わざとらしく悲しげな表情で溜め息を吐く。


「なら、別に私の家でなくとも構わないけれど」


 それから、素の表情に戻ってそう言った。


「む……?」


 あっさり引いたのが意外だったのか、優香は訝しげに眉根を寄せる。


「なんなら、紅林さんの家でやりましょうか?」


「むむっ……?」


「一回しかやっちゃいけないってこともないし、私の家での開催は次回で構わないわ」


「むむむむっ……?」


 何を企んでいるの? 優香の顔には、そう書いてあった。


「………………」


「………………」


 一方で、玲奈も何かしらの意図が込められたような視線を返し……お互い、黙ったまま目を合わせることしばし。


「そうだね、それならいいよ」


 やがて、優香がニコリと笑って承諾した。


 さて、二人共何を企んでいるのか……。



 ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 ふっ……掛かったわね。


 お互いにメリットを享受するために、相手のメリットには目を瞑りましょう?

 私が紅林さんに目で伝えたメッセージは、そんなところだ。


 だけど、無論これはトラップ。


「ところで紅林さん、聞いている限り貴女はなかなかのおバ……もとい、頭が少々残念なようね?」


「言い直した結果、より失礼な言い方になってない……? まぁ、成績あんまりよくないのは事実だけどさ……」


 尋ねると、紅林さんは拗ねたように唇を尖らせる。


「ていうかアタシ、元々成績的にウチの高校は圏外だったんだよねー。でも、孝平と一緒の学校に行きたいから猛勉強して……ギリギリで合格したはいいけど、やっぱ入ってから勉強についていくのがキツくって」


 そうだったのね……。

 そこまでやるとは、やはりこの女侮れない。


 とはいえ。


「ということは、今の時期はしっかり勉強に集中しないといけないわね。留年でもしたら大変だものね?」


「そうなんだよー。二年への進級も、最終的に孝平が付きっきりで教えてくれなかったら危なかったかも」


 チッ……! さり気なく自虐風自慢を……!

 去年の私は、辛い『孝平くん断ち』の最中で孤独に勉学に励んでいたというのに……!


 ……まぁいいわ。


 今言った通り、紅林さんは勉強に集中する必要がある。

 つまり、あまり孝平くんに構ってはいられないということ。


 対する私はといえば……。


「安心なさい、今回は私がついているから。わからないところがあればいくらでも教えてあげるわ。そのための勉強会だもの」


「ありがとー! 学年一位の青海さんがいると心強いよっ!」


 そう……私は去年、入学式で新入生代表のスピーチも務めた女。

 普段から勉強は欠かしていないし、今更焦ることなんて何もない。


 孝平くんとのことに、全力で集中出来るというわけ。


 紅林さんは紅林さんで何か企んではいるんでしょうけれど……この勉強会、私の圧倒的優位は揺るがないわ!


「ふふっ、楽しみね」


「えへへ、楽しみだね」


 こうして私たちは、それぞれの思惑を秘めた笑みを交わし合った。



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 優香の家での勉強会当日。


「いらっしゃい、二人共!」


「っ!?」


 玄関の扉を開けて優香が出迎えたくれた瞬間、早速動揺してしまった。


「な、なかなか大胆な格好だな……!?」


「そ? 最近ちょっと暑いしねー。アタシ、家だと大体こんな格好だよー」


 丈短めのキャミソールに、ホットパンツ。


 かなり露出が多くて、目のやり場に困る……いや。

 これも優香からのアプローチの一環なら、むしろ見るべきなのか……?


「そっか。うん、そういうのも優香らしくていいな。よく似合ってる」


「んふふー、ありがとっ」


 いずれにせよ似合ってるのは事実で、褒めると優香はニコリと嬉しそうに微笑んだ。


「ほら、そんなとこに突っ立ってないで。上がって上がって」


 それから俺の手を取って、自宅の中へと引き入れる。


 ……ちょっと動く度に胸がぷるんぷるんと揺れて、やっぱり目のやり場に困った。

 んんっ、これは流石に紳士として目を逸らすべきなんじゃ……?


 ……いや。

 この日のために、優香があえて選んだ服装なんだ。


 ここは、しっかり目に焼き付けるのがこの『勝負』における俺の役割だろう……!


 ……あくまで『勝負』のためであり、俺の願望とかは関係ないのである。うん。


 ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 なかなかやってくれるわね、紅林さん。


 正直、私だったらこの戦略は選べない。

 羞恥心の問題もあるけれど、単純に私がこの格好を選ぶメリットが薄いから。


 これは、彼女のスタイルがあってこそ映える戦装束だ。


 だからといって、別に羨ましくはない。

 私は、自分の今の身体がベストプロポーションだと自負しているから。


 本当だし……だから、靴を脱ぐ時にぷるんと揺れても、家に上がる時にぷるんと揺れても、階段を上がる度にぷるんぷるん揺れてようと気にはならな……いや、やっぱり気にはなるわね!?


 というか、いくら薄着だといっても揺れすぎでは……?

 下着の構造上、あんな風に揺れることなんてないはずだけど……。


「っ……!?」


 そこで私は、とある可能性に気付いた。

 ま、まさかこの女……!


「ふっ……」


 私が気付いたタイミングを見計らったかのように、紅林さんは勝ち誇った笑みを向けてくる。

 それが、私に確信を抱かせた。


 やはり……ノーブラ・・・・!!


 こ、ここまでやるというの……!?


 というか普通に、羞恥心はないの!?

 いくら他の異性に見られる可能性がないとはいえ……なんて恥知らずな女……。


 ……いいえ、過度に動揺しては紅林さんの思うツボよ。


 今日、紅林さんは勉強に集中せざるをえない。

 これが、せめてもの抵抗ということなんでしょう。



 ……そんな風に、私は考えていたのだけれど。



 ◆   ◆   ◆



「ねぇねぇ孝平ー、ここってどうやって解けばいいのー?」


「うん、そこは解の公式をそのまま当てはめればオッケーだよ」


「なるほどね! それじゃ、次のここは?」


「こらこら、ちょっとは自分で考えないと身にならないぞ?」


「だって、わかんないんだもーん」


「まったく、仕方ないな……」


「んふふっ、なんだかんだで教えてくれる孝平が好きだよ!」


「俺は、この問題が解けるようになった優香の方がもっと好きになれる気がするなー」


「あっもう、その言い方はずるーい」


 いやこの子、勉強会が始まってからずっと孝平くんとイチャつくばっかりで全く勉強する気が感じられないわね!?

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