第10話 続・勉強会

【青海玲奈】


 孝平くんとイチャつくばかりで、全く勉強する気が感じられない紅林さんに対して。


「んん゛っ」


 咳払いして、まずは二人の注意を引く。


「紅林さん? 流石にそろそろ、勉強に集中した方がいいんじゃないかしら?」


 正直、これは半ば以上本気の忠告だった。


「まーまー、アタシも普段から結構やってるし? 大丈夫だって」


 嘘だ。

 さっきから垣間見える彼女の理解度的に、とても中間テストを乗り切れるとは思えない。


 一夜漬けで詰め込むにも限界があるし、今からじゃ一日だって無駄には出来ないはず。

 いくらなんでも、仮にも織山高校うちの受験を乗り越えた人がそんなことも理解していないとは思えないのだけれど……。


「っ……!?」


 ここで、またも私はとある可能性に思い至って衝撃を受ける。


 ま、まさか……!


「優香、マジでそろそろちゃんと集中した方がいいんじゃないか……?」


「大丈夫大丈夫、一年の時だって結局はなんとかなってたでしょ?」


「確かにまぁそうだけど……」


「それより孝平、喉乾いてない? ジュースのおかわり持ってこよっか? それとも、麦茶とかの方が良かったかな? あっ、肩凝ってない? 揉んであげよっか?」


「や、俺のことは気にしなくて大丈夫だから」


「好きな人のことは常に気になっちゃうって~」


 この女……!

 自分の成績を投げ捨ててまで、孝平くんとのイチャつきを優先しようというの!?


 いや、それは普通に大丈夫なの!?


「ふっ……」


 驚愕する私へと、今回も紅林さんは勝ち誇った笑みを……いえ、違う……?

 これはそう……例えるならば、死地に赴く戦士の最後の笑顔……!


 ──覚悟は、決まってるよ……!


 そんな意思が、目から伝わってくるみたいだった。

 貴女、赤点が怖くないというの……!?


 ──怖い……アタシだって、怖いよ……だけどこれは、やらなきゃいけないことだから……。


 いやなんだか悲劇のヒロインみたいなこと言っているけれど、普通に勉強すればいいだけの話よね……?

 そもそもそれ、やらなきゃいけないことでもないわよね……?


 ──赤点も、三科目までは覚悟してます!


 一応、ある程度は回避するつもりなのね……。


 ──ウチの高校、四科目以上赤点取ると補習で部活行けなくなるから……。


 微妙に計算高いのが腹立つ……というかさっきから、凄い詳細までアイコンタクトで伝わってくるわね!?

 本当に合ってるのかしらこれ!?


「ねぇねぇ孝平、疲れてない? そろそろ休憩しよっか?」


「俺はまだ疲れてないけど……まぁ、優香が疲れたんなら休憩にするか?」


「うん、もう疲れちゃって全然集中できなーい」


「ははっ……じゃあ仕方ないな」


 私が色んな意味で驚愕している間も、紅林さんは孝平くんにベタベタしている。


 ……いいでしょう。

 犠牲を払ってでも孝平くんとイチャつきたいという貴女の執念に免じて、今回だけは目を瞑ってあげようじゃない。


 元々、私の本命はなのだし。


「じゃあねじゃあね、膝枕してあげるっ!」


「それだと、優香が余計に疲れちゃうだろ?」


「いいの、そうした方が私は癒やされるんだから」


「そう……? わかった、それじゃあお言葉に甘えるよ。失礼して……うおっ!? この格好だと、視界いっぱいに……!?」


「んふふー、どうかなー?」


「あー……その、うん、凄いな。凄い。今はその言葉しか出ないよ」


 目を瞑……ろうと思った私だったけれど。

 徐々にエスカレートしていく目の前の状況に、こめかみがビキビキと動き始めているのを自覚する。


「ふぇっ……ふぇっ……ふぇっくしょん!」


「もがっ!?」


「って、この痴女が! 何をやっているの!?」


 そして、紅林さん……もとい痴女が、くしゃみのフリをして自身の胸を思いっきり孝平の顔に押し付けたところでついにブチギレた。


「もう、青海さんったら。どうして急に『痴女』だなんて酷いこと言うの?」


「貴女、その格好でよくそんなことが言えるわね!? ノーブラの胸を男性の顔に押し当てるだなんて、どこからどう見ても痴女の所業でしょう!」


「いやぁ、参ったよねー。ついついくしゃみが出ちゃったからねー。仕方ないよねー」


「だったらすぐにどけばいいでしょう!? いつまでそうしているつもりなの!?」


「もがもがもふぁ……」


「やんっ……孝平、この状態で喋られると……んんっ……そこ、敏感なとこだから……でも、孝平ならいいよ……」


「むぐ……」


「いやそれ、孝平くん窒息しかけてない!?」



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 意識が朦朧としてきた……。


 なぜか、直前の記憶が曖昧だ……。

 優香に膝枕してもらって……それから、どうしたんだっけ……?


 おっぱい。


 なぜだろう。

 頭の中に、その単語が無数に舞っているのは。


 なぜだろう。

 目の前に、二つの雄大な山岳が見える気がするのは。


 あぁ、なんだかとても幸せな気分だ……。

 おや……? 二つの山岳が、どんどん近づいてきて……。


「孝平くん!? 孝平くん、戻ってきて! そっちに行っちゃ駄目よ!」


 ははっ、何を言ってるんだ玲奈。

 俺はどこにも行かないよ。


 ただ、今はちょっと……眠らせてほしい……かな……。


「孝平くーん!?」

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