第8話 暴走機関車VSポンコツプラン

 とある休み時間。


「白石くーん、こないだのアンケートの結果そろそろ集めいといてくれるー?」


「はーい、了解しましたー」


 授業終わりに、このクラスの担任でもある一色先生からそんな用件を仰せつかる。


 なぜ俺なのかというと、クラス委員なんてものに選出されてしまったせいだ。

 新学年初日から、クラスで最も目立つ存在となった男に送られた栄誉である。


 うん、凄くいらない。


「孝平孝平っ」


 サクッと集めるかぁ……と考えていたところで、前の席から優香が振り返ってくる。


「はい、これっ」


 そして、少し分厚いA4サイズの封筒を差し出してきた。


「……? これは?」


「アンケの結果。そろそろ集めないといけない頃だと思ったから、集めといたよ」


「……んんっ?」


 ウチの学校じゃクラス委員は各クラス一人で、もちろん優香はそれじゃない。


「みんなから集めるの、大変だもんねっ」


 しかし、ペカーッと輝く笑みを浮かべている優香は何の疑問も抱いていなさそうだ。


「えーと……ありがとう、優香」


「うんっ!」


 とりあえずお礼を伝えると、その笑みがますます輝いた。


「あっ、あとね、それとね」


 と、優香はゴソゴソと自分の鞄を漁る。


「はいっ」


 かと思えば、今度は一冊のノートを差し出してきた。


「明日の数学、日付的にたぶん孝平が当てられるよね? 当たりそうなとこの問題、全部解いといたから! ちょっと苦手な科目だけど、孝平のために頑張っちゃった! たぶん合ってると思う! 合ってると思いたい!」


「ちょ、ちょっと待って?」


 流石に、ストップをかけざるをえない。


「えっ、問題を……? なんで……?」


 純粋に、疑問が口を衝いて出た。


「うん? だから、明日って孝平の出席番号と同じ日付で……」


「や、そうじゃなくて……なんで、優香の解答を俺に渡そうとしてるんだ……?」


「だって、そしたら孝平が楽できるでしょ?」


 なんか、当然のことのように言ってるけど……えっ、これ俺がおかしいの?


「あとあとっ! 明日からモーニングコールしようと思ってるんだけど、どうかなっ? アタシは朝から孝平の声聞けるし、孝平はバッチリ起きられるしで一石二鳥じゃないっ? 本当は身だしなみもちゃんと家で整えてあげたいんだけど、流石にそれは結婚……いや、同棲するまでお預けだよねぇ……でも代わりに、ちゃんと通学中にやってあげるから安心してね! あっ、そうだ! せっかくだし朝ご飯用のサンドイッチとかおにぎりも持っていってあげようかっ? その方がお母さんも助かるでしょ? よし、名案!」


 怒涛の勢いで来るな!?


 いやなんだろうな、この……胸に湧き上がってくる得体の知れない感情を、何て表現すればいいんだろうか……。


「……ダメ男製造機」


 ポツリとした呟きは、隣の席……玲奈からもたらされたものだ。


「ちょっと青海さん、なんて言い方するの!」


 優香は憤慨した様子だけど……。


「ただの愛情表現ですー! 好きな人には尽くしてあげたい、って思うものでしょ! それに孝平は昔からちょっとだらしないところがあって、私がいないと駄目なんだから!」


「典型的なダメ男製造機の発言すぎて、わざとじゃないなら逆に引くレベルね」


「ムキー!」


 すまん、優香……!

 これに関しては、正直俺も擁護出来る要素がない……!


 昔から優香は面倒見の良いところがあったけど、どうやらそれが暴走してるみたいだ……。

 いや、その、俺のためを想ってくれてるのは本当に嬉しいんだけど……。


「……とりあえず、数学の件は自分でやるから」


 まずは、そう返す。


「えっ、そう? 遠慮しなくてもいいんだよ?」


 優香は、意外そうに目を瞬かせる。


「遠慮とかじゃなくて、課題は自分でやらないと自分のためにならないだろ?」


「そっか、確かにね!」


 ちゃんと伝えれば、説得は通じるらしい。

 これは朗報だ。


「だけど、他にやってほしいことあったら何でも言ってね? 何かない? ん? ん? あっそうだ、そろそろ喉渇いてきてる頃でしょっ! 私、ジュース買ってきてあげるね!」


「待て待て待て! 行かなくていい!」


 閃いたとばかりの表情で立ち上がる優香の手を掴んで、慌てて引き止めた。


「その、優香……色々してくれようとしてくれる、その気持ちは本当に嬉しいんだけどさ」


 どうすればこの暴走を抑えられるのか、頭をフル回転させる。


「だけどほら、なんでもかんでもやってもらう男って情けないだろ?」


「大丈夫、アタシはどんな孝平でも好きだよ!」


「ありがとう。でも、俺だって格好つけたいんだよ。特に……好きな子の前だと、さ」


「孝平……!」


 俺の言葉に、優香は大きく目を見開いて頬を朱に染めた。


「そっか……うん、なるほどね。わかった、これからはちゃんと孝平のことも立てるように考えつつ色々してあげるね!」


 どうにか、説得出来たみたいだ……出来たんだよな?


 にしても、これは……。

 気付いたら本当にダメ男になってた、なんてことにならないよう気を引き締めとかないといけないかもなぁ……。



 ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 普通にドン引きなのだけれど?


 孝平くんの寝癖を直すための霧吹きを持ち歩いてるって時点で、薄々そんな気はしていたけれど……この女、思考回路がバグってるわね。

 尽くすといっても、程度というのもがあるでしょうに……まぁいいわ。


 そもそも、尽くしてあげるとか言っている時点で論外オブ論外!

 紅林さん……この勝負、始まる前から勝敗は決まっていたようね。


 私が、お手本というものを見せてあげるわ。


「ねぇ、孝平くん」


「うん?」


 まずは、紅林さんの方に向いていた孝平くんの意識を私の方へと向けさせる。


「これは、特に他意のない質問なのだけれど」


「めちゃくちゃ他意がある時の切り出し方じゃん……」


 貴女は黙っていなさい、ダメ男製造機。


「孝平くんの一番好きな食べ物って、何なのかしら?」


「んー……一番は、唐揚げかなー」


「そんなに好きなの?」


「そうだな、この後の人生で残り何か一種類だけしか食べられないとしたら唐揚げを選ぼうと思うくらいには好きかもしれない」


「へぇ、そうなの」


 よし、良い流れね。


「じゃあ……私と唐揚げなら、どっちの方が好き? ……なんて」


 そう問いかけると共に、小悪魔スマイルを浮かべてみせる。


 ふっ……これで孝平くんは、「玲奈の方が好き」と答えざるをえないでしょう。

 自然と「好き」という言葉を引き出しつつ、孝平くんを照れさせることで私が手玉に取っている感じを……。


「もちろん、比べるまでもなく玲奈の方が好きだよ」


 手玉に取って……あらぁ?


「一生唐揚げを食べられなくなるか一生玲奈と会えなくなるか、どっちを選ばないといけないってなってもノータイムで玲奈を選ぶ」


 あらららららぁ?


 な、なんてアグレッシブに返してくるの……!?

 照れるどころか、真顔で一切の躊躇もない……!


 って、私から振った話なんだから何か答えないといけないわよね……!

 えーとえーと……クールに、私も孝平くんに好意を持っているということをさりげなく伝える方向で……!


「私もしゅきぃ……」


 さりげなかったかしら?

 さりげなかったわよね?


 ほら、声もとっても小さかったし。


「むぅ……孝平、アタシのことはー?」


「もちろん、好きだよ。玲奈と同じくらい……って、言い方にはなってしまうけど。もしも、今後優香と玲奈のどっちかとしか会えないって選択だったら……正直、答えを出すことが出来ないと思う。今は……まだ、さ」


「んー……ま、今はそれで我慢しといてあげますか」


 紅林さんと同格というのは、少し癪だけれど……私も今は納得しておきましょう。

 クールに彼の口から私への好意を引き出す作戦も、成功したことだしね。


 この調子でこれからも私を追いかけてきなさいね、孝平くん?



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 にしても玲奈、やけに積極的だな……それだけこの『勝負』に真剣ってことか。


 俺は別に構わないというか、嬉しいくらいなんだけど……。


「青海さん、めちゃくちゃ自分から白石のことを追いかけとるなぁ……」


「ていうか最近、構ってオーラが凄いね……」


「顔も、概ねデレデレしてるしな……」


「もはやクールなイメージは微塵も残ってねぇな……」


 玲奈的に、クラスメイトからのこの評価は構わないんだろうか……?

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