第7話 見え始めた兆候と認識の齟齬

 放課後。


「やっべぇ、思ったより時間かかっちまった……!」


 先生からの頼まれ事で職員室まで行っていた俺は、駆け足で裏庭に向かっていた。


 今週は、裏庭の掃除当番だってのに……。


「あれっ、白石?」


 裏庭まで辿り着くと、なぜか他の当番メンバーに不思議そうな顔で迎えられた。

 どうやらもう掃除を終えて、教室に戻るところだったようだ。


「遅れて……」


 ごめん、と続けようとしたところ。


「いやぁ、白石が全部片付けといてくれたおかげで助かったわ」


「にしても、俺らが着く前に終わらせるとは見事な早業だな」


「戻ってきたのは、最終確認か? 流石、最後まで抜け目がない」


 当番メンバーは、笑顔で労うように俺の肩を叩いた後に去っていった。


「……?」


 状況がわからず、一人取り残された俺は首を捻る。


 ……いや、残ってるのはもう二人いた。


「遅かったわね」


「あぁ、うん。ちょっと先生からの頼まれ事が長引いちゃって」


 一人は、玲奈。


 それはいい。

 彼女もここの掃除当番だったはずだから。


 けれど。


「なんで優香まで? 今日、当番じゃなかったよな?」


 こちらは謎だった。


 俺の記憶が確かなら、今週優香はどこの当番にもなってなかったはずだけど……?


「んふふぅ、どうしてだと思う?」


「え? なんでだろ……」


 普通にわからん。


「この子、先に来てここの掃除を済ませてたのよ」


 と思ってたら、答えは玲奈の方からもたらされた。


 見回してみると、確かに周囲は木の葉の一枚も落ちておらず綺麗なものだ。


「あっ、もう青海さんったら~! それ、秘密だったのに~!」


「今にも言いたくてウズウズした顔してた癖によく言うわ……」


 抗議している割に優香は嬉しそうな表情で、玲奈は呆れ気味に肩をすくめる。


「でも、なんでまたそんなことをしてくれたんだ……?」


「うん。私、掃除も結構得意だからねっ」


 なんか微妙に問答がズレてる気がするな……。


「それに、他の奴らの口ぶりからしてなんか俺がやったことみたいになってなかった?」


「紅林さんがそういう風に吹聴していたから、そうもなるでしょう」


「ふふっ、夫の功績を作り出し広めるのも内助の功ってやつでしょ」


「なるほど」


 いや、なるほどか?

 納得していいんだろうか、これは……。


 ま、まぁとにかく、俺のためにやってくれたのは事実だ。


「ありがとな、優香。今度、俺がフリーの週に優香のとこ手伝いに行くから」


「いいのいいの、アタシがやりたくやっただけなんだから」


「それを言うなら、俺だってやりたくてやるだけさ」


「んふふ、そう? じゃあ、今度手伝ってもらっちゃおっかな。あっ、それってそれって! 初めての共同作業ってやつだよね!」


「そうだな……そうかな?」



 ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 ふっ……先に来て掃除当番を済ませておいてあげるだなんて、愚行ね。


 ……うん。

 これに関しては本当に愚行というか、好感度アップに繋がっていなくない……?


 ま、まぁいいわ。

 貴女がそうして足踏みしている間に、私は孝平くんとの仲をどんどん深めていくから。


 そうね……確か明日は物理の授業があったし……。



 ◆   ◆   ◆



 現在、場所は物理講義室。


 私はここでも孝平くんの隣だけど、紅林さんは少し離れた席が割り当てられていた。

 ふっ……座したまま、私の作戦に瞠目するがいいわ。


 そんな風に考えながら、そっと手を動かす。

 孝平くんの手に、ほんの少し……僅かに触れる程度の、接触。


 ふふっ、女子からのボディタッチ……気になるでしょう?


 でも、今くらいの接触じゃ偶然かもしれない……あぁでも、わざとだったら……? 一体あの子は、どういうつもりなんだ……!?


 今頃、孝平くんはそんな風に私のことで頭がいっぱいになって……。


「っ……!?」


 に、握り返してきたですって!?

 それも、めちゃくちゃ力強く!


 驚いて、思わず孝平くんの顔を見てしまう。


「………………」


 頬をちょっと赤くしつつも、孝平くんは前を向いたまま。

 言葉じゃなくて、行動で語るってことかしら……?


 つまり、この孝平くんの手に彼の意図が……美術部で見ていた頃は繊細だとしか思っていなかったけれど、こうして実際に触れていると大きくて、私の手よりずっとゴツゴツしていて……意外なほどに男らしいのね。

 ふふっ、当たり前か。

 いや、じゃなくてこの手に意図が……。


 ……何か、視線を感じるわね?


「っ……!」


 振り返ってみると、紅林さんがギリギリと歯を食いしばりながらこちらを見ていた。


 ふっ……これが、良い女の攻め方というものよ。

 こちらから握るのではなく、握らせる!


 見事に、彼の方から行動させてみせたわ!


 ……ま、まぁ、当初の目的地はそこじゃなかった気もするけれど。

 結果オーライというやつね。



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 玲奈の手が俺の手に触れたのは、偶然じゃなくて……何か、明確な意思が込められているように感じられた。

 ていうか、直前までめちゃくちゃチラチラ俺の手に視線向けてたし。


 手を繋ぎたい、ってメッセージかと思ったんだけど……合ってるかな?

 凄く満足そうな顔してるし、たぶん合ってると思うんだけど。


 ……それはそうと、優香からの視線をすげぇ感じるな。



 ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


 青海さんめ……めちゃくちゃ積極的に自分から手を繋ぎにいったな……!?


 孝平も孝平だよ、あんなに強く握り返しちゃって……まぁでも、そうやってちゃんと応えようとしてくれる優しいところはしゅきぃ……!

 ……じゃなくて。


 正直、青海さんのことを舐めてたよ。

 お高く止まって、「そっちから追いかけてきなさい?」とか言いそうなイメージだったのに……まさか、こんなに自分からグイグイいくとは……!


 アタシも、負けてられないよね!


 じゃあ、次は……!

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