第6話 さながら餌付けのように

 昼休みになって。


「孝平孝平、ちょっと待ってっ」


「ん?」


 購買へと向かおうとしていたところを、優香に呼び止められる。


「今日も購買、だよね?」


「そうだけど?」


 高校生になってからというもの、昼食は購買でっていうのがいつものパターンだ。


「じゃあねぇじゃあねぇ」


 優香はどこか勿体ぶった調子で、自分の鞄に手を入れた。


「じゃん!」


 そして、一つの包みを取り出す。


「お弁当、作ってきちゃいました!」


 それを、目の前に掲げた。


「食べて……くれる、かな?」


「あぁ、もちろん」


 上目遣いで問うてくる優香に、ノータイムで答える。


「優香、料理凄い上手だもんな。楽しみだよ、ありがとう」


「んふふっ、そうでしょそうでしょ」


 俺の言葉に、優香は気分良さげに胸を張って俺の机に弁当を載せた。


 ちなみに、優香の席は俺の目の前。

 今は、自席に逆向きに座っている形だ。


「……ふっ」


 隣の席で、玲奈がなぜか小さく笑ったのが見えた。


「ねぇほら、見て見てっ!」


 そう言われて、優香によってオープンされたお弁当箱へと意識を戻す。


 一段目には卵焼きに生姜焼きにエビフライ、きんぴらごぼうや煮物が所狭しと並べられていた。

 二段目に詰められたご飯は、三色丼になってるみたいだ。


「凄いしっかり作ってくれてるなぁ。しかもこれ、俺の好きなのばっかだよ」


「ふふっ、でしょー? 孝平の好みに合わせたからねっ!」


 得意げな優香の顔を見ているうちに、ふと疑問が浮かぶ。


「あれ……? でも俺、好きなおかずの話とかしたことあったっけ……?」


「中学の頃は、孝平もお母さんにお弁当作ってもらってたでしょ? 蓋開けた時のテンションで、大体好みが見分けられたんだよねー」


「よく見てるな……」


 流石、付き合いが長いだけある。


「それより、ほら」


 優香が卵焼きを箸で摘み、こちらに向けてくる。


「あーん」


 む……なるほど、そうきたか。

 正直に言えば、クラスメイトの注目がまぁまぁ集まっている中で応じるのは若干恥ずかしいけど……せっかくの優香の好意だ。


「いただきます」


 手を合わせてから、パクッと食いついた。

 舌の上にふんわりとした食感、上品な甘みと程よい出汁の味が広がっていく。


「うん、美味いっ。めちゃくちゃ俺好みの味付けだ」


「んふふぅ、なら良かったよ」


 微笑んで感想を伝えると、優香もはにかんだ。


「……ん?」


 卵焼きを飲み込んだ後で、ふと気付く。


「ていうか、今の卵焼きの味……ウチの母さんが作るやつと、凄い似てた気がするな」


「ふふっ、よく気付いたね。何度か、孝平とおかず交換したことあるでしょ? あの時に味を覚えてね、再現してみたの」


「へぇ……?」


 なんか簡単そうに言ってるけど、そんなことが出来るものなんだろうか……?


「やっぱり、ご家庭の味が一番だもんね!」


「まぁ、そう……なのかな?」


 実際、なんとなく落ち着くというかスッと受け入れられたのは事実だった。


「貴女、それ……」


 隣の玲奈がポツリと呟くけど、優香には届かなかったみたいだ。


「ほらほら孝平、こっちも食べてみて! あーん!」


 今度は、煮物が目の前に差し出される。

 食べてみると、これも我が家の味がした。


「そろそろご飯も欲しいよね? はい、あーん」


「いや、ちょっと待った」


 今度はご飯を載せて差し出されるお箸に、ストップをかける。


「ずっとこれじゃ、優香が食べられないだろ? 後は自分で食べるからさ」


「私は後でいいの。それより今は、孝平にずっと『あーん』してたい気分だから」


 そう言われても、やっぱ一方的に食べさせてもらい続けるのはなぁ……あぁ、そうだ。


「じゃあ、こうしよう。優香、自分の分の弁当も出してくれないか?」


「? いいけど」


 首を捻りつつも、優香は鞄からもう一つ包みを取り出して机に置く。


 そして、包みを解いて弁当箱の蓋を開けた。

 どうやら、おかずの構成は俺の分と同じみたいだ。


 俺は、そこに添えられている箸を手にとって……。


「ほら、あーん」


 卵焼きを摘んで、優香の口の前へと差し出す。


「わわっ、孝平からの『あーん』だなんて……!」


 少し頬を赤くした優香は、キョロキョロと周囲を見回した。

 する方なら大丈夫だけど、される方になると羞恥心が生じるのか……?


「い、いただきまーす」


 少し緊張した面持ちで、卵焼きにパクッと食いつく。


「んっ! やっぱり、孝平んちのご家庭のお味は美味しいね!」


 それから、ニパッと笑った。



   ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 いやいやいや……おかしいでしょう。


 百歩譲って孝平くんの表情から好物を読み取るまではいいとして、味の再現?

 確かにしっかり味を覚えれば後は試行回数でどうにかなるのかもしれないけど……その執念はどこから来るというの……?


 ま、まぁいいわ。

 いずれにせよ……孝平くんのためにお弁当を作ってきたってわざわざ声高に主張するだなんて、愚の骨頂ね。


 男は、自分の方から女を追いかけたがるもの。

 これは、数々の恋愛指南本にも書かれていたこの世の真実なんだから。


 つまり……これが正解よ!


「さて……私も食べようかしら」


 さりげなく言いながら、自分のお弁当を取り出す。

 蓋を開けると、我ながら豪華な内容に仕上がっていた。


 素材から厳選した、特製のお弁当。

 一目見れば食べたくなること請け合い……さぁ孝平くん、食べさせてほしいと言いなさい!


 紅林さん、女は自分から差し出すんじゃなくて請われてこそ一流だというところを見せてあげるわ!


「はい、今度はアタシの方が……あーん」


「ありがとう……うん、これも美味いよ」


 ……いや、全然こっち見ないわね?


 というか、めちゃくちゃイチャついてて羨まし……いえ、決して羨ましいなどということはないけれど。

 所詮、こんな茶番は私の勝利のための踏み台でしかないのだもの。


 とはいえ……仕方ない。

 少し癪だけれど、こちらからもアピールすることにしましょう。


「あら……我ながらこの西京焼き、なかなか良い仕上がりね。京都から取り寄せた味噌と、市場で見繕った銀鱈を使った甲斐があったわ」


「へー? 玲奈、凄いこだわりなんだな。ていうか、玲奈の手作りなのか?」


 よし、食いついたわっ!


「えぇ。やるからにはとことんやるタチなの」


 もちろん、本当は貴方のためにこだわったのよ?


 さぁ、一言「ちょうだい」と言いなさい!

 それだけで、このこだわりの逸品は貴方のものなんだから!


「なるほど、玲奈らしいな」


 ……?

 あら? それだけ?


「孝平くん。この西京焼き、美味しそうだと思わない?」


「あぁ、すっげぇ美味しそうだな。玲奈だったら、料理人を目指しても大成功間違いなしだと思うよ。ホント、色々出来て尊敬する」


「そ、そうかしら……? ふふっ」


 って、褒められて照れている場合ではないわ……!


 そう思うなら、なぜ「ちょうだい」の一言が出てこないというの……!?

 くっ……仕方ない、もう少し譲歩しましょう。


「孝平くんが欲しいと言うなら、食べさせてあげてもいいのよ?」


「ありがたい申し出だけど、そんなこだわりの逸品を分けてもらうのは申し訳ないよ」


 ぐむ……!

 しまった、私の好きになった人はこういう人だったわ……!


 な、なら……!


「その……交換という形でもいいのだけど」


 どう? これなら、罪悪感も湧かないでしょう!


「や、せっかく優香に作ってもらったお弁当を交換するのはちょっと……」


 ぐむぅ!?


 せっかくの作戦が、紅林さんのせいで台無しじゃない……!

 やってくれたわね、この女……!


「えっ……? なんかめっちゃ睨まれてるんだけど、アタシ何かしたっけ……?」


「いや、たぶん何もしてないと思うけど……あぁ、なるほど」


 あっ……孝平くん、ついに私の意図を察したようね!


 って、あら……? どうして私の箸を手に取るの……?

 西京焼きを摘んで……?


「ほら、あーん」


 んんっ……! そういうことではないのよ、孝平くん!

 別段、それが羨ましかったわけではないの!


 決してそういうわけでは……ないのだ、けれど……。


「あ、あーん」


 ここで断っては孝平くんに恥をかかせてしまうものね!

 今回は、これで許してあげるわ!

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