第3話 彼女にフラれてなかった

 中学を卒業してから、一年と少し。


「あのさ、孝平……アタシたち、付き合わない?」


 高校二年に進学した日の放課後、俺は人気ひとけのない階段の踊り場で告白を受けていた。


「やっ、その、全然重い感じで考えてほしくないんだけどね! まずはお試しって感じでもいいしっ! むしろお試ししてください的な!?」


 相手は、紅林優香。

 中一で同じクラスになって以来ずっとクラスメイトだから、付き合いは長い。


「ウチら、結構趣味とか合うしさっ! 付き合えば楽しいんじゃないかって!」


 いつも明るい笑みを浮かべている、愛嬌のある顔立ち。

 今はその頬がほんのり紅潮していて、ブラウンのショートカットを揺らしながらワタワタと慌ただしく手を動かしている。


「……思うん、だけど」


 徐々に、声が自信なさげに萎んでいく。


「私じゃ……駄目、かな?」


 上目遣いにこちらを見つめてくる優香。


 彼女に対して好意があるかないかでいえば、間違いなくある。

 周りまで明るくしてくれるような笑顔に救われたのは、一度や二度のことじゃない。


 特に、この一年間は。


 そんな彼女に惹かれていく自分がいるのも、自覚していた。


 だから。


「ありがとう、優香」


 俺の一言目に、優香はビクッと震える。


「俺でよければ……付き合ってください」


 差し出した俺の手を恐る恐るって感じで見たまま、フリーズすること数秒。


「……うんっ」


 一つ、大きく頷く。


「孝平がいい! 孝平だから付き合いたいって思うの!」


 そして、俺の手を握り返してくれた。


「あっあっ、そのね! さっきはなんか軽い感じで言っちゃったけどね! 気持ち的には、全然軽い感じじゃなくて! その、アタシ……!」


 優香はまたワタワタ言い募ってから、何かを決意するみたいにゴクリと唾を飲み込む。


「孝平のこと……好き、だから。ずっとずっと、好きだったから」


 これまで以上に、その顔は真っ赤に染まっていた。


「大丈夫、伝わってる」


 それがなんだかおかしくして、ついついクスリと笑ってしまう。


「俺も好きだよ、優香」


 それから、気持ちを伝えた。


「ひゃわ……!」


 ぽっかりと大きく口を開けた後、優香が俯く。


「どうした?」


「ヤバ……今アタシ、絶対めっちゃニヤけてるから……こんな顔、見せらんないって……」


 俺から隠れるみたいに、更に両手で壁を作った。


「ははっ、なんでだよ。可愛い彼女の笑顔を見せておくれ?」


「もう、アタシの彼氏さんはイジワルだよぅ……!」


「嫌いになったかな?」


「なるわけないでしょ……バカッ」




 この日、俺に人生で二人目の彼女が出来た。


 だけど……まさか、この選択があんな事態を引き起こすことになるなんて。


 この時点では、想像もしていなかった。



 ◆   ◆   ◆



「ねぇねぇ、このあと早速デート行こうよ!」


「部活はいいのか? 陸上部のエースさん」


「今日は先生が新入生受け入れ準備うんにゃらで忙しいからって、お休みなんだよー」


「そっか、じゃあどっか行くか」


「うんうんっ! あっ、ゲーセンがいいな! プリクラ撮ろっ! 付き合った日記念に!」


 なんて会話を交わしながら、鞄を回収するため一旦教室に戻る。


 新学年開始日とあって交友関係を広めるためか、まだ教室には結構な数のクラスメイトが残っていた。


 そんな中、ついつい目がいってしてしまうのは自分の右隣の席。

 その主……姿勢良く座っているのは誰あろう、青海玲奈さんである。


 彼女もこの織山おりやま高校に進学してるのは知ってたけど、新しいクラスメイトに彼女の名前を見つけた時は驚いたもんだ。

 それも、隣の席なんだもんな……顔を合わせないよう、高校じゃ美術部に入るのもやめといたってのに……。


 今朝一年ぶりに顔を合わせた時はめちゃくちゃ気まずかったんだけど、青海さんの方は最初にチラリと視線を向けてきただけで特にコメントもなかった。

 それ以降は、俺には一瞥もくれることもなく放課後を迎えていた……はずなのに。


 なぜか今、彼女の視線は真っ直ぐこちらに向けられていた。


「孝平くん」


 立ち上がった青海さんが、こちらに歩み寄ってくる。


 ……んんっ?

 今、『孝平くん』って言った?


 前は、『白石くん』だったよな……?


「時は満ちたわ」


 そして、どういう意味だ……?


「……ところで、さっき妙な言葉が聞こえた気がするのだけれど」


 チラリと優香を見る青海さん。


「付き合った日記念、がどうとか……」


「い、言ったけどそれがどうかしたの?」


 若干気圧された様子ながらも、優香は対抗するかのように胸を張った。


「誰と誰が、付き合ったと?」


「アタシと、孝平が」


「……ふぅ」


 優香の言葉を受け、青海さんは「やれやれ」とばかりに首を横に振る。


「浮気とは感心しないわね、孝平くん」


 そして、俺を睨んできた。


「……んんっ?」


 が、何を言っているのかちょっとわからない。


「ちょっとちょっと青海さーん!」


 と、優香が俺たちの間に割り込んできだ。


「急に出てきて、何を言いがかり付けてるの? 貴女に口出す権利なんてないでしょ?」


「私は孝平くんの彼女なんだから、権利はあるに決まっているでしょう」


「は? 彼女はアタシですが?」


「浮気相手までそう呼ぶのなら、そうなのかもしれないわね」


「だから浮気じゃないんですけど!? 正式な彼女なんですけど!?」


「可愛そうに……孝平くんを想うあまり、そんな妄想をするようになったのね……貴女、一歩間違えばストーカーになりそうだから気をつけた方がいいわよ」


「その台詞、そっくりそのままお返しするけど!? えっ、ていうか青海さん……まさかそれ、しれっと元サヤに戻ろうとしてんの!? 孝平のこと一日でフッといて今更それは、流石に都合良すぎでしょ!」


「話が通じないわね。私と孝平くんは、付き合って一年以上経過しているカップルよ」


「いや、ちょっ、怖……孝平、アタシなんかこの人のこと怖くなってきたんだけど……完全に目がマジじゃん……」


「まぁ、浮気相手が本命を恐れるのは当然のことよね」


「そういう意味じゃないんだけど!?」


 徐々にヒートアップしていく二人……というか、主に優香。


 って、ボーッと見てる場合じゃねぇな。


「ちょっと、二人共落ち着こうか」


 今度は俺が、二人の間に割り込む。


「ていうか、一旦話を整理させてもらえるか……?」


 実際、俺自身も混乱の最中にあって状況が理解出来ていなかった。


「まず、根本のところなんだけど……青海さん。俺たち、別れたよね……?」


「……?」


 青海さんに確認すると、なぜか「何言ってんだコイツ?」みたいな顔をされる。


「別れていないけれど?」


「えっ……? でも初デートの日の最後、『別れましょう』ってハッキリと言ったでしょ?」


「そうね、言ったわね」


 んんっ……?

 なんで、「だから?」とでも言いたげな表情なんだ……?


「あの日はあそこで解散しないと、もう心臓が限界みたいだったから」


 ……解散?


 あれ、もしかして……。


「『別れましょう』って……『今日はもう解散』って意味だった、ってこと……?」


 まさか、とは思いつつも尋ねる。


「もちろん、そうだけれど?」


「そうだったの……!?」


 一年越しに判明した、驚愕の事実だった。

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