第2話 彼女にフラれた日

「好きです、付き合ってください……!」


 中学を卒業する日、俺は精一杯の気持ちと共に声を振り絞った。


 相手は、同じ美術部員として共に三年間を過ごした青海玲奈さんだ。


 いつも乱れの一つもない長い黒髪に、どこか冷たさを宿して見える同じ色の瞳。

 あまりに整った顔つきはほとんど表情が変化しないことも相まって、人形然とした美しさを持っている。

 体付きも、スレンダーでモデルみたいだ。


「………………」


 青海さんは、無表情を保って俺にジッと視線を注いでいる。


 基本的にこれが彼女のデフォルトであり、怒ったりしているわけではない……と、思う。たぶん。


「……わ」


 小さく口を開いた青海さんは、それだけ言って少し間を空ける。


「わかったわ」


 それから、そう続けた。


「付き合いましょう」


「……え?」


 一瞬その言葉の意味がわからず、呆けた声を上げてしまう。

 だって正直なところ、玉砕覚悟の告白って感じだったから。


 なにせ相手は絵画で数々の受賞実績を持ち、勉強でも全国模試の上位に名を連ねる才色兼備の高嶺の花だ。

 家もお金持ちだって話だし。

 そんなバックグラウンドに概ね常に無表情なのも加わって、美術部内でも積極的に話しかけてたのなんて俺くらいだった。


 彼女は孤独を好んでいると、人は言う。

 実際、孤独を苦にはしていないとは俺も思う。


 だけど好んでるとは思えなくて、空気を読まずに話しかけた。

 最初は冷たくあしらわれたようにも感じたけど、それは彼女の不器用さの表れに過ぎないんだとだんだんわかってきた。

 話しているうちに、色んな一面が見えてきて……気が付けば、好きになっていた。


 俺からの、一方通行な感情かと思ってたけど……。


「聞こえなかった? 付き合いましょう、って言ったんだけど」


 どうやら、意外と好感度は高かったらしい。


 付き合ってもいい、と思ってもらえるくらいに。


「ありがとう、青海さん!」


 受け入れてくれたことへの礼と共に、彼女の手をギュッと両手で握る。


「………………」


 返ってきた言葉はなくて、ふいっと顔を逸らす青海さん。


 その頬は、少しだけ赤くなっていた。




 こうして、俺に人生初の彼女が出来た。

 この時の俺は、間違いなく人生で一番浮かれていたと思う。


 その喜びが、翌日には粉々に砕かれるとも知らずに。



   ◆   ◆   ◆



 次の日、俺から誘って初デートに出掛けた。


 俺は、張り切って約束より随分と前に待ち合わせ場所に着いた……はずなのに。


「……あれっ?」


 そこに青海さんの姿を見つけて、思わず疑問の声が出る。

 次いで、慌てて駆け寄った。


「ごめん、待たせちゃった? ていうか、早いね……?」


 改めて腕時計を確かめてみても、待ち合わせ時間まではまだ三十分以上ある。


「別に、近くに他の用事があっただけ。それに、今来たところよ」


「そう……?」


 なんか、いつも以上に素っ気ないような……?


 まぁ、ともかく。


「それじゃあ、行こうか」


「……えぇ」


 俺たちは、連れ立って歩き出した。


 ……の、だけれど。


「白石くん、近いわよ。もっと離れて歩いて」


「え? あ、うん、ごめん」


 青海さんからそう言われて、俺は半歩分くらい距離を開けた。


 そんなに近かったかな……? 別に、普通の距離感だったと思うんだけど……。


 まぁ、それはそうと……初めて見るけど、私服姿の青海さんも素敵だな。

 薄紫のブラウスにベージュのジャケット、白のロングスカートって出で立ちで、大人っぽい彼女に凄く似合ってる。


「青海さん、今日の服……」


「白石くん、あまりこちらを見ないでもらえる?」


 服装への感想を伝えようとしたところ、青海さんにギロリと睨まれてしまった。


「……ごめん」


 確かに、あんまり素敵だからジロジロ見過ぎちゃってた……の、かな?



   ◆   ◆   ◆



 そんな感じで、初デートは俺的にちょっと気まずい感じで始まった。


 そして、それからも青海さんはずっと不機嫌そうな仏頂面のまま。


 俺への返事も、


「そう」


「いいわよ」


「いいえ」


 といった、素っ気ないものばっかりだった。

 それでも盛り上げようと頑張ってはみたものの、やればやるほどに空回り感が強まっていく。



   ◆   ◆   ◆



 焦りと不安がどんどんど加速していく中、気が付けばもう夕方だ。


「……ここまでね」


 突然立ち止まった青海さんは、俺の方を振り返ってそう言った。


「私、限界みたいだから」


「え……?」


 嫌な予感めいたものが、むくむくと胸に湧き上がってくるのを感じる。


 そして。


「別れましょう」


 その予感は、どうやら当たってしまったみたいだ。


「もう……」


 青海さんは、もう一度口を開いた後で少し躊躇するような様子を見せる。


「連絡も、してこないで」


 それから、そう続けた。


 心のどこかで、「やっぱりな」と自分自身が言う。

 元々、自分が青海さんと釣り合っているだなんて思い上がりは抱いちゃいない。


 今日だって、青海さんを少しも楽しませることが出来なかった。


 お試しのつもりだったのか、部活仲間のよしみだったのか……。

 一旦OKこそしてくれたものの、結局俺じゃお眼鏡に適わなかったってことなんだろう。


「……わかった」


 だから、情けなく引き止める言葉が出そうになるのをグッと堪えて別れ話を受け入れた。


「今日はありがとう、青海さん。楽しかったよ」


 せめて最後は笑顔で別れたいって見栄で、無理矢理に笑顔を作って礼を言う。


「………………」


 一方の青海さんはやっぱり苦虫を噛み殺したみたいな表情のまま、踵を返した。


「……わ」


 最後に何か言ったみたいだけど、ほとんど聞き取れない。


 結局俺は、最初から最後まで青海さんのことをちゃんと理解出来なかったみたいだ。




 こうして。


 俺に出来た初めての彼女は、翌日に彼女じゃなくなって。


 中学最後の苦い思い出として、胸に刻まれたのだった。

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