第4話

○救急車・車内(夜)

真理奈、はっと目を覚ます。

眼前、向かいに座る芹野の脚。

前後の記憶がおぼろげな様子で、思わず芹野に抱きつく。

真理奈「(震えて)父さん……」

芹 野「……?」

真理奈「あっ(気づき即離れ)すいません……」

芹 野「(優しい目で)よかった」

と頭をポンと触る。

真理奈「(意外)……」


○救急病棟・廊下(夜)

電話をかけている芹野。

芹 野「軽度の脳震盪で……はい……はい。ですので、幸い真理奈さんは特に怪我もなく……検査も問題なく……」

頭にネットを付けた真理奈、診察室から出てくる。

芹 野「(真理奈に)代われ」

と、携帯を渡す。

真理奈「(電話に出)あ、母さん? うん。大丈夫。……木にぶつかったみたいだけど、何ともなくて……」

絵美子の声「(能天気に)よかったわ。そういえば真理奈聞いて? 今日もお父さんがねひどいのよ。夕飯の時にね――」

×      ×      ×

真理奈、絵美子の長話を聞かされている。

真理奈「うん……うん……うん……」

芹野、それを察したのか憐れむように見ている。

芹 野「……」


○同・病室(夜)

ベッド脇に立つ真理奈と芹野。

芹野、ほっとした表情で真理奈を見ている。

真理奈「本当に色々……すいませんでした」

芹 野「念のため泊まっていけ。明日田中を迎えに行かせるから」

真理奈「はい、ありがとうございます」

芹 野「(急に冷たい口調)それで、そのまま家へ帰れ」

真理奈「え」

芹 野「お前は、もうやめた方がいい」

出ていく芹野。

真理奈「……」


○同・玄関(夜)

タクシーに乗り込もうとする芹野。

真理奈「待って!」

と、追いかける真理奈。

振り向かない芹野。

真理奈「芹野コーチ。あたしスキーが好きなのかわかりません。でも今ここで逃げたらいけないんだっていうのはわかるんです。だから、帰りません」

芹 野「(なおも振り向かず)……」

真理奈「明日から! よろしくお願いします」

バッと頭を下げる真理奈。

乗車し去っていく芹野。

を、立ち尽くし見つめ続ける真理奈。


○スキー場・ゲレンデ(翌日・朝)

朝ミーティングが終わり選手たちが散っていく。

芹野のもとへ真理奈が駆け寄るが、

芹 野「何で戻ってきた? 帰れと言ったはずだ――」

真理奈「もう絶対迷惑かけませんからやらせて下さい。この通りぴんぴんしてるし」

芹 野「だめだ。脳震盪の後遺症リスクをなめるな」

真理奈「でもっ帰りたくないっ」

芹 野「……」

真理奈「(強い視線で見つめ)……」

芹 野「……(考え)一週間」

真理奈「え?」

芹 野「一週間はスキーを履くな。話はそれからだ」

真理奈「……(ぱっと明るい顔)わかりました!」

芹 野「……」


○同・リフト(昼)

スキー非装着の真理奈、コース用のポールを2、3本抱え乗っている。


○同・ポールコース(昼)

芹野、雪面にドリルで穴を開ける。

真理奈、その穴に両腕でザクッとポールを刺していく。

その繰り返し。


○同・ゴール地点(昼)

芹野、ゴールした選手に熱心に指導している。

を、横で聞く真理奈。


○合宿所・女子部屋(夜)

真理奈、あゆみ(14)と組んでストレッチしている。

あゆみ「よかったよ、無事で。じゃ、一週間後に復活か」

真理奈「それまで長いけど」

あゆみ「ちゃんと心配してくれて言ってるんだよ。芹野コーチって意外といいよ」

真理奈「どのへんが?」

あゆみ「いつのまにか全員の名前覚えてるし一人一人の癖をちゃんと見ててくれたり」

真理奈「ふーん……」


○スキー無し真理奈のモンタージュ

スキー場・ポールコース。

ポールコース作り。

×      ×      ×

コース、ゴール地点。

スマホでビデオ撮影し研究している。×      ×      ×

合宿所前。

走り込み、スクワット。


○スキー場・ゲレンデ(昼)

スキーブーツをバチッとビンディングにはめる。

真理奈、スキーを履いた足でその場で足踏み。

真理奈「(嬉し気)……」


○同・ポールコース(昼)

真理奈、大回転のコースを軽快にターンしゴールする。

爽やかな笑顔。

大地が見ていて、

大 地「すげー一発目だろ? コース取りイケてるじゃん」

真理奈「セッティングやってたから覚えちゃった」

×      ×      ×

真理奈、ポール練習を反復。

を、腕組みでじっと見ている芹野。

芹 野「(怖い顔)……」

真理奈、話しかけづらそうに通り過ぎる。

が、V字登りでやっぱり戻ってきて、

真理奈「せ、芹野コーチ! 質問があります!」

芹 野「(立ち止まり)……」

真理奈「(緊張)……あのっ」


○同・初級コース(昼)

緩斜面。

右足のみスキーを履いて滑走する真理奈。

真理奈の声「左ターンがどうしても浅くしか回れないんです」

芹野の声「……とすると片足練がいい。やるなら急斜面の方が勢いでターンが誤魔化せてしまうから緩い傾斜がためになる」

今度は左足だけで滑る真理奈。

芹野の声「必ず逆足もやること。バランス調整とうまく行っている方の感覚も確認できる」

×      ×      ×

ナイター。

交互に片足滑りを繰り返す真理奈。


○同・ポールコース(日替わり・昼)

ポールコースをゴールする真理奈。

ゴール地点にいる芹野。

芹 野「日高! 良くなったな左ターン」

真理奈「(緊張)あっ、ありがとうございます」

芹 野「それができたら、次は――」

真理奈に詳しく教える芹野。

熱心に聞いている真理奈。


○同・初級コース(夕)

真理奈、丁寧に確認するようにターン練習をしている。

滑って来た悠利。

悠 利「おつかれ、真理奈! お昼食べた?」

真理奈「あっ、忘れてたー(笑)」

悠 利「ちょっと集中しすぎ! もう3時だよ」

真理奈「あはは。でももうちょっとだけ」

悠 利「ほどほどにね! ガンバ(先へ滑っていく)」

続ける真理奈。


○同・リフト乗り場(日替わり・昼)

真理奈、少し先に芹野を見つけ追いかける。

真理奈「コーチ!」

芹野の隣に行って自分から一緒のリフトに乗る。


○同・リフト上(昼)

真理奈、芹野。

芹 野「……」

真理奈「……」

真理奈、何の話をしたらいいか思いつかず気まずい。

芹野も考えている。

しばらくして、

芹 野「日高は毎回滑りが違うな」

真理奈「えっそうなんですか?」

芹 野「ソロモンカップの1本目。無駄な力が入ってなくてのびのびした理想的の滑りだった」

真理奈「(喜び)見てくれてたんですか? 1本目覚えてない……」

芹 野「恐らく集中力に波があるんだろう。今も全体的に滑りの質は上がってきてるが、ブレがある」

真理奈「あたし、うまく行った時に限って覚えてなくて。吹雪の時もちゃんと案内が聞こえてなかったりしてて……」

芹 野「もしかしたらゾーンに入りやすいタイプかもしれないな」

真理奈「”ゾーン”?」

芹 野「超集中状態のことさ。物音とが聞こえなくなったり周りの動きがスローになったり」

真理奈「へー(興味)」

芹 野「単なる没頭とは違って、リラックスしていないとできないはずだ。自分をコントロールできるようにならないとな」

真理奈「はいっ」


○合宿所・女子部屋(夜)

真理奈、あゆみと筋トレしている。

真理奈「……あのさ」

あゆみ「なに?」

真理奈「……芹野コーチって意外といいよね」

あゆみ「でしょ(笑)」

ノックの音。

真理奈「はーい!」

合宿所おばさんの声「日高さん? 電話よ」


○同・リビング(夜)

合宿所の固定電話に出る真理奈。

絵美子の声「真理奈ちゃん、その後調子はどう?」

真理奈「(不愛想)うん全然平気、で何?」

絵美子の声「普通に元気かなって。携帯もつながらないから」

真理奈「山なんだから当たり前じゃん。用ないんなら切るよ」

絵美子の声「(神妙に)あの、ね……」

真理奈「(重い空気察し)忙しいから!」

と、吐き捨て強く受話器を置く。


○日高家・リビング(夜)

荒れた部屋。

泣き疲れた顔の絵美子。

絵美子「……」

受話器を握ったままツーツーと漏れる音を聞いている。


○同・女子部屋(夜)

消灯した部屋。

真理奈、眠れず天井を見つめている。

真理奈のM「母さんはいつだって現実に引き戻してくる」

あゆみに気づかれぬよう、静かに布団から出て荷物からまるおを取り出す。

月明りが差し込んでいる。

まるおを見つめギュッと抱きしめ、

真理奈「……」

またしまおうとするが、やっぱり布団に連れていき一緒に寝る。

×      ×      ×

翌朝。

真理奈、一人眠っている。

あゆみの布団は上げられている。

足早に階段を登ってくる音。

ノックと同時にドアが開けられ、

芹 野「開けるぞ」

芹野、あゆみが入ってくる。

あゆみ「何度か起こしたんですけど全然起きなくて」

芹 野「(強めに)おい!」

びくっとして目覚める真理奈。

芹野に気づき飛び起きる。

真理奈「(まるお抱えて)すいません! 朝トレですよねすぐ行きます!」

芹 野「(まるおを見て)……」

真理奈、真っ赤になりまるおを背中に隠す。

芹 野「おう、じゃあ早く来いよ」

と、出ていく。


〇同・階段(朝)

階段を下りていく芹野があゆみに、

芹 野「あれ(まるお)いつも?」

あゆみ「いやっ私も初めて見ました」

芹 野「そうか……」

     

〇スキー場・ポールコース(昼)

芹野、選手たちに説明している。

2列に同じポールコースが並んでいる。

芹 野「今日は趣向を変えて二人ずつ同時に滑る。スノーボードのパラレルと同じ要領だ」

×      ×      ×

真理奈、悠利がスタート位置に並ぶ。

田中がスタート合図。

田 中「レディ、ゴー!」

滑り出す二人。

初めは互角。

が、中盤から真理奈は悠利に離されていく。

真理奈「くっ……何で」

ますます離され、大差でゴール。

真理奈「(うなだれて)……」

ゴール下、見ていた芹野。

芹 野「崎村! その調子でやっていけ」

と、手を振り“行け”の合図。

悠 利「はーい(と、滑って行く)」

芹野、真理奈に手招きする。

真理奈、寄っていく。

芹 野「日高には向かないな」

真理奈「えっ(不安に)」

芹 野「崎村を意識し過ぎてたろ。本来のお前の滑りじゃなかった」

真理奈「(図星)……」

芹 野「無理にコースでやらずに基本に立ち返ってもいい」

真理奈「そうします……」

のろのろと滑っていく真理奈。

真理奈のM「お見通しなんだ……」


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