第2話
○スキー場・上級コース(日替わり・朝)
サラサラしたパウダースノー。
新雪が降り積もったばかりの斜面。
一人リフトから降り立った真理奈。
遠くを見て風の音を聴いている。
真理奈の声「風と、雪は、冷たくて」
てっぺんから直滑降。
真理奈の声「あたしの痛みを凍らせてくれるみたい」
まっさらなキャンバスに2本のレールが敷かれていくようにシュプールが出来ていく。
真理奈の声「時々、音のない世界へ連れてってくれる」
○同・リフト(昼)
山頂に近づくリフト。
真理奈、頬を叩き口をぴっと横に引いて笑顔を作ろうとする。
○同・コース(昼)
リフトを降り滑り出す真理奈。
途中でスノーバードのひとみ(6)が転んでいるのを見つけ体を起こしてやる。
ひとみ「まり姉ありがとお」
真理奈「(努めて明るく)元気出していこっ!」
○スキー場・ゴール付近(日替わり・昼)
掲示板に大会のリザルトが貼り出されている。
『ソロモンカップ 中学生の部 女子回転 1本目 1.日高真理奈 54秒30』
真理奈、暫定首位。
○同・女子回転コース・スタート地点(昼)
スタート付近でレース前のアップをする真理奈。
幸雄の話を聞いている。
幸 雄「よーし2本目もその調子だぞ。今日は悠利がいないからラッキーだったな、このまま優勝しちまえ」
と、笑って真理奈の肩を叩く。
真理奈「(一瞬眉間にしわ)……はい、がんばります」
○同・コース付近(昼)
一般女性客1、2が黄色い声で騒いでいる。
女性客1「(ひそひそ声)ねぇやっぱりあの人だよ、芹野克己」
女性客2「そーなの?」
女性客1「そーだよぉ、知らない? 確か日本一とかなってた人」
女性客2「まじで! 話しかけようよ!」
女性客1、2の視線の先、日本スキー連盟コーチの芹野克己(37)。
競技中の選手の滑走を見ている。
その眼光、ぎょろりと鋭くナーバスな雰囲気だ。
芹 野「(真剣に見て)……」
その傍らに、同コーチの田中(32)。
田 中「(近づいてくる女性を密かに見て)」
女性客1「あの、芹野選手ですよね? ファンなんですけど、写真、一緒に……」
芹 野「(完全無視)」
田 中「(見かねて焦り)……」
女性客2「え……?(女性客1を見て)」
芹 野「(面倒くさそうに田中に視線送り)」
田 中「(渋々女性たちに)あの、人違いみたいですよ?」
女性客1、2「えぇ?(不審そうだが)……そうですか……」
と、立ち去っていく。
田 中「……。ちょっと芹野さん! ファンサービス――」
芹 野「(自分の世界でひたすら競技に集中)……」
田 中「……いつもこうなんだから」
○同・コース内(昼)
回転2本目。
真理奈、順調な滑り出し。
真理奈「ねえまるちゃん?」
緩斜面、ポールを次々にくぐり抜ける。
真理奈「やっぱり一番がいい」
急斜面に突入する。
真理奈「私が勝てばさ、みんなの不機嫌なんか吹っ飛んでさ……」
まるおを抱える笑顔の真理奈(7)。傍で正弘、絵美子も笑う。
× × ×
絵美子の泣き顔。
× × ×
真理奈、はっとして我に帰る。
真理奈「いけない! 集中!」
が、もう遅い。
ターンが追いつかずあっという間に旗門不通過になってしまう。
コース内で立ち止まる真理奈。
ボーゲンでコース脇を直線で降りて行く。
真理奈「(屈辱)……」
○同・コース付近(昼)
腕組みし考えている芹野、とその横に田中。
芹 野「……今の選手名前は?」
田 中「えっと、(冊子をめくり)日高真理奈です」
芹 野「まるで多重人格だな」
田 中「えっ?」
芹 野「今のはひどかったが、一本目、静的な滑りだった」
田 中「えっ? 性的?」
芹 野「違う。”静か”の方。雪質に完璧にアジャストして無駄な雪煙が出ていなかった。普通はできるもんじゃない」
○高速道路・車内(夕)
真理奈、父の日高正人(45)、絵美子が乗っている。
絵美子が真理奈をこきおろす。
絵美子「何でこんなに勝負弱いのよ」
正 人「(なだめて)おい」
絵美子「だって事実でしょ、ね、真理奈」
真理奈「……」
絵美子「いい時だって悠利ちゃんには一度も勝てなくて万年2位。そんなんで楽しい?」
真理奈「何言って――」
正 人「やめなさい、絵美子。真理奈、スキーは楽しいよな?」
真理奈「……」
絵美子「楽しいだけでやっていけると思ってんの? 家計の皺寄せだって全部私が負ってるのに。あなたはこうしてたまに試合に来て笑ってるだけならそりゃ楽しいわ! 毎回毎回負け試合につき合わされるこっちの身にもなってよ、バカバカしい!」
正 人「絵美子! やめなさい。何てこと――」
絵美子「何よ、真理奈をかばっていい人ぶる気?」
真理奈「もう、静かにして」
絵美子「偽善者が。先週はどこ行ってて遅かったのよ」
とたんに顔が強張る正人。
絵美子「何とか言ったらどうなのよ!」
正 人「うるせえ!」
正人、アクセルを思い切り踏む。
真理奈「父さん、やめてえー」
真理奈、ドアの手すりに掴まる。
○スキー場・ゲレンデ(日替わり・昼)
ミーティング。
幸雄がスノーバードの皆に話している。
幸 雄「明日から大会成績上位者は、連盟の強化合宿に参加する。スノーバードからは圭吾、悠利、真理奈が選ばれてるからな」
聞いている真理奈。
女子1「真理奈選ばれたんだ、頑張って」
真理奈「ギリギリ(苦笑)」
○日高家・真理奈の部屋(昼)
真理奈、荷造りしている。
まるおを手に取り見つめる。
真理奈「やっぱりまるちゃんもついてく?」
まるお「うん! ぼくも行きたい!」
真理奈「(不安そうに)……」
○旭川市・スキー場・ゲレンデ(朝)
強化合宿開会式。
会 長「君たちは選ばれたスキーヤーだ。この機会を生かし飛躍してほしい」
選手の中で真理奈のことをチラチラ見ている城戸大地(14)。
○同・ロッジ(朝)
芹野、選手たち。
芹 野「(ぶっきらぼうに)最初の3日間は全てフリーとする。以上」
と、すぐにロッジに去っていく。
ざわついている選手たち。
選手1「何なんだ、芹野コーチって」
選手2「コース練面倒なんだろ、手抜きかよいきなり」
○同・リフト降り場(昼)
リフトから降りてきた真理奈。
悠利が手を振り待っている。
悠 利「真理奈! 一緒に滑ろっか」
真理奈「ごめん、悠利と居ると調子出ないから一人でいい」
悠 利「そっか……」
と、大地が横から割り込んでくる。
大 地「あれえ、二人は仲悪いわけ?」
悠 利「(ムッとし)何よあんた誰?」
大 地「はじめまして、俺、城戸大地って言います」
と、手を差し伸べにっこりする。
真理奈「(警戒の目で)どうも」
と、一応言うが握手しようとしない。
大 地「(気にせず)じゃ、君ら二人で滑んないなら俺と滑ろうぜ」
と、真理奈の方に笑いかける。
真理奈「……」
踵を返し滑り出す。
大 地「おい! 待てよ!」
慌てて追いかける大地。
○同・リフト乗り場(昼)
滑り降り、流れでリフトに乗ろうとする真理奈。
と、大地は素早いスケーティングで滑りこみ強引に真理奈の隣に座ってしまう。
リフトが動き出す。
真理奈「!」
大 地「飛ばすねあんた」
真理奈「……何よさっきから」
大 地「てか同中っしょ? 気づいた?」
真理奈「えっ北中なの?」
大 地「そ。2年C組っしょ? 俺はA。かわいい子はチェックしてっからさ、開会式テンション上がっちゃった、運命感じて」
真理奈「そういうノリはちょっと」
大 地「くーっ! 瞬殺。ま、いいけど」
真理奈「城戸君? はどこのチームなの?」
大 地「大地って呼んで? 俺はドルフィンズ」
真理奈「あっ、思い出した城戸大地っていつもリザルトで2位の人」
大 地「そ。たまに優勝もするけどね、あんたもでしょ? いつも2位の日高真理奈ちゃん」
真理奈「うー(否定出来ず)」
大 地「(笑って)お互い頑張ろうぜ!」
真理奈「(つられて笑い)そうですね」
× × ×
真理奈、大地と一緒に何本か滑る。
○同・山頂
真理奈と大地。
大 地「真理奈っていっつもそんなにぶっ飛ばしてんの? ターンとかしないし」
真理奈「どうかな。意識してないかも」
大 地「無意識かよ、ますます惚れるわ! スラロームよりもGS(ジャイアントスラローム)の方が向いてるんじゃね?」
真理奈「(ボソッと)ただの自暴自棄だよ」
大 地「何?」
真理奈「いやなんでもない」
二人、コブを利用してジャンプしながら滑っていく。
突然、大地が止まり振り返る。
大 地「いい事思いついた。真理奈にうってつけの度胸試し」
真理奈「何?」
大 地「あっち」
と、向こうに見えるコース外の急斜面を指さす。
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