真理奈、もっと速く

理犬(りいぬ)

第1話

○雪山全景(昼)

快晴。

真っ白な樹氷がキラキラと輝く。

少女の声「あたしの好きな色、白」


○札幌市・スキー場(昼)

ゲレンデ、ふもとに人だかり。

皆山頂の方を見上げざわついている。

実況の声「さて、ジュニアスキーカップもいよいよ佳境。女子回転始まりました!」

『STV』のカメラが映し出すのはアルペンスキーの競技コースだ。

     

○同・女子回転(スラローム)コース・スタート地点(昼)

コースを見下ろす景色。

赤、青のポール(旗門)が交互に立てられている。

少女の声「赤と青は、ちょっと嫌い」

スタート10秒前、長めのピーという音。

両手のストックを打ち付け先端のバスケットに溜まった雪をはらう。

それをスタートバーの両脇に付き刺す。

ヘルメット上のゴーグルを眼前に下し、真っ直ぐふもとを見据える日高真理奈(14)。

スキーを履き、レーシングワンピースを装着している。

正面を見たままつぶやく。

真理奈「今日はやれるかな、まるちゃん?」

5秒前。

『ピ、ピ、ピー!』の合図音とともに、強くバーを蹴り上げ跳び出す。

真理奈「いける!」

実況の声「3番滑走、日高真理奈選手、スタートしました!」


○メインタイトル『真理奈、もっと速く』


○ゴーグル越し真理奈の視界

スキーブーツの足元、雪しぶきを上げる。

ストックに付いているパンチガードでリズミカルにポールをはじきターンしていく。

赤、青、赤、青。

真理奈「っしゃ、ここまでトップっしょ!」


○テレビ画面

真理奈の滑走が映し出されている。

画面下『-0.04』トップとの差。

暫定1位。


○真理奈の視界(昼)

緩斜面から急斜面に一気に変化するコース、その落差で下が見えない。

真理奈「がっ!」

真理奈、身体がふわっと浮く。

バランスを崩し風を受け両腕が上がってしまう。

実況の声「おっと! 日高選手! これは大きなロスになってしまうのかー?」

着地直後のターンで急激にブレーキがかかり雪煙がザッと舞う。

×      ×      ×

以前の試合で転倒する真理奈。

×      ×      ×

真理奈「やばっ」

エッジを立て無理矢理ターンする。

その後、持ち直し普通に滑っていくが……。

真理奈「……終わった。もうダメもうダメ」


○ゴール地点(昼)

真理奈、『FINISH』の2本の柱の間を通過し派手に雪を撒き散らしストップする。

真理奈、タイムを見、ストックをガンっと雪に突き刺し悔し気。

乱暴にヘルメットを脱ぐ。

不機嫌な顔、ゴーグル焼けで顔の下半分が真っ黒だ。

駆け寄ってくる真理奈と同所属『手稲スノーバード』の崎村悠利(14)。

悠 利「真理奈、おつかれ!」

真理奈「(無視)」

すれ違う真理奈。

スキーを担ぎゴール裏手へ去る。


○乗用車・車内(夕)

後部座席で、窓外を見る真理奈。

胸に銀メダルをかけている。

運転席、母親の日高絵美子(40)。

絵美子「惜しかったじゃない」

真理奈「(虚ろ)……」

絵美子「ラーメンでも食べに行こ」

真理奈「……(頷き)」


○日高家・真理奈の部屋(夕)

小学生時代のスキー大会の賞状やトロフィーが飾られている。

真理奈、スキーウェアのままベッドにダイブ。

枕元の雪だるまのぬいぐるみを見つめる。

それは、随分古びている。

真理奈「ただいま、まるちゃん」

真理奈、雪だるまの”まるお”に自分でアフレコする。

まるお「おかえり、まりな」

真理奈「ごめん。今日も勝てなかったよ」

まるお「よくやったよ、ママも惜しかったって言ってたじゃない」

真理奈「でもそれ本心じゃないでしょ」

まるお「……」

疲れ切って目を閉じる真理奈。


○中学校・教室(日替わり・夕)

終業のチャイム。

他の生徒は立ち話しているが、走って出ていく制服姿の真理奈。

男子1「あれ、日高は?」

男子2「帰ったよ、知らねえの? 日高はスキーバカだよ。冬は毎日ナイター通い」


○バス・車内(夕)

スキー板を抱え揺られている真理奈。

おにぎりを食べながら窓外を見上げる。


○札幌市・スキー場・ゲレンデ(夜)

ナイター。

多くの『手稲スノーバード』と書かれたゼッケンを付けた小中学生らが滑っている。

そのスピード、段違いで一般客をどんどん追い抜いていく。

係員に写真入りシーズン券を見せリフトで山頂に向かう真理奈。

リフトから見下ろす景色。

スノーバード監督の庄司幸雄(50)がドリルでポール練習用コースを作っている。


○スキー場・コース(夜)

真理奈、滑り降り止まる。

と、そこに悠利がいる。

真理奈「(ちょっと気まずそうに)悠利。おつ」

悠 利「あ、真理奈」

真理奈「こないだ、ごめん。無視、して」

悠 利「あーそれ。別に」

真理奈「それと、おめでと」

悠 利「ありがと(笑って)」

真理奈「……(笑って)」

幸雄が、小学校低学年の選手たちを引き連れ滑ってくる。

幸 雄「はいはーい。紹介します! みんなの目標とする先輩たちですよ」

と、真理奈と悠利を子供らに紹介する。

真理奈、悠利会釈する。

幸 雄「こないだの大会の優勝、準優勝者だぞ。特に悠利は凄いんだぞ! 天才だからな! 参考にするように」

真理奈「……」

幸 雄「悠利はな、何しろ始めてすぐに……あれ? 真理奈は?」

真理奈、もういない。

悠 利「(滑っていく真理奈を見)……」


○同・リフト(夜)

真理奈、一人リフトに乗っている。

真理奈「天才か……あたしは何?」


○同・上級者コース(夜)

真理奈、浅いターンで猛スピードで滑っている。

後方から、悠利と数人のチームメイトも滑ってくる。

悠利に抜かれる真理奈。

真理奈「(悠利をチラ見し)……」

さらに直滑降でスピードアップ。

悠利を抜く。

悠 利「(正面見たまま)」

真理奈「(振り返り悠利を見)」

と、足を雪に引っかけ派手に吹っ飛んで転倒する真理奈。

を、皆追い抜き滑っていく。

真理奈、倒れたまま大の字でしばらく空を仰いでいる。

足元を見ると、膝に付けたスラローム用プロテクターが割れている。

真理奈「あ」


○日高家・リビング(夜)

帰宅した真理奈。

絵美子がソファにいる。

真理奈「父さんは?」

絵美子「まだだよ」

真理奈「そっか……あのさ、母さん」

絵美子「何?」

真理奈「(リュックからプロテクターを取り出し)これ」

絵美子「また転んだの! 危ないわね」

真理奈「うんごめん、また新しいの……」

絵美子「仕方ないよ、怪我しなくてよかった」


○同・真理奈の部屋(夜)

消灯した部屋。

真理奈、ベッドに入り、まるおを抱き寄せる。

真理奈「まるちゃん、どこ行ってるのかな、父さん?」

まるお「わかんない」

まるおに鼻をこすりつけ、目をつむる真理奈。

×      ×      ×

眠っている真理奈。

「ドンドン!」と無遠慮なドアノックの音で目を開ける。

と、絵美子が荒々しくドアを開け入ってくる。

絵美子「(電気を点け)起きろ! 真理奈」

真理奈「!?」

事態が呑み込めない真理奈。

絵美子、真理奈から布団をがばっと引きはがす。

絵美子「(凄い剣幕で)片付けなさい!」

真理奈「え? え?」

絵美子「早く!」

絵美子、無意味にタンスの引き出しを開け中の衣類を床にぶちまける。

絵美子「(呼吸荒く)」

真理奈「(呆然)……」

真理奈、怯えた目になる。

絵美子「親に面倒ばっかりかけて! 道具も何度買い替えさせる気? あんたのスキーにいくらかかってると思ってんの」

真理奈「ごめんなさい!ごめんなさい!」

真理奈、散らかる服を拾い上げ畳もうとする。

が、手が震えて上手くできない。

絵美子が睨みつけ、近づいてくる。

真理奈、走って逃げようとする。

が、絵美子が髪の毛をつかみ乱暴に引き戻す。

真理奈「痛っ! やめてっ」

絵美子、ヒステリックに真理奈の部屋を荒らし続ける。

真理奈、隙を見て再度逃げ出す。


○同・トイレ(深夜)

急いで内側から鍵をかける真理奈、

恐怖で息が上がっている。

絵美子の走る足音が迫ってきて、

絵美子「出てこい! 早く! 開けろ!」

ドアを強く叩き続ける。

真理奈、涙がこみ上げる。

耳をふさぎ目をぎゅっとつむる。

真理奈のM「お願い、早く終わって」

ドンドンと執拗にドアを叩く音は聞こえ続け……。

暗転。


○同・ダイニング(翌朝)

真理奈、恐るおそる入ってくる。

泣き腫らした目の絵美子。

テーブルに朝食を並べ座っている。

真理奈「……」

絵美子「(か細い声)真理奈ちゃん、昨日は、ごめんね」

真理奈「……」

真理奈、席につき食べ始める。

会話はない。

真理奈、パンをかじりながら絵美子には気づかれぬようちらと見る。

真理奈のM「いいよ、母さん。本当はあたしじゃなくて父さんに怒ってるんだよね? 帰って来なかった父さんに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る