第5話 アドバンテージ

 魔族と戦うのに当たって外せないのがやはり体術ですわね。これが最低限できなければどんな優れた魔術を扱えても高位の魔族とは戦えませんわ。


「姉ちゃん、本当にいいのかよ?」

「ええ、もちろんですわ。余計な心配はせずに掛かってきなさいな」

「じゃあ、行くけど。本当に手加減しないからな?」

「修行ですもの、そうでなければ意味がありませんわ」


 高貴な者の義務として、私もネリアも日頃から厳しい英才教育を受けていますわ。なのでまずはそれら普段の訓練をこなしつつ、空いた時間を使ってネリアと実戦さながらのトレーニングをする。強くると決めたものの、その為のメソッドを確立できてない私は、まずはそこから始めることにしましたわ。


「それじゃあ行くぜ姉ちゃん」


 女の子なのに何故か格闘が大好きなネリアが嬉々として飛び掛かってくる。それでもやはり姉である私を思いっきり殴るのには遠慮があるのか、その動きは隙だらけだ。


 まったく、いくら何でもお姉ちゃんを舐めすぎですわね。


 私は老子から習った体術で半身を引いてギリギリでネリアの拳を躱すと肩先に全体重を集中、擦れるように触れたネリアの体へと叩きつけた。


「ガァっ!?」


 四、五メートル吹き飛んだネリアはらしくもない下手くそな受け身でダメージを減らすと、驚愕の顔をこちらに向けてきましたわ。


「ちょっ!? す、すげー! 姉ちゃん今の動き凄すぎ! どうやったんだ? なぁなぁ、今のどうやったんだ?」

「ちょっとネリア、いくら貴方の方が体術がうまいからってそんな見えすいたお世辞、嬉しくなんて……嬉しくなんて……オーホッホッホ!」


 ああ、もう。あの妹のキラキラした瞳。ネリアが柄にもなく私に花を持たせようとしているのは丸分かりですのに、こみ上げてくる優越感に抗えませんわ。


「オーホッホッホ! オーホッホッホ!」

「姉ちゃん……俺マジだぞ。全然お世辞なんて言ってないぞ」

「オーホッホッホ! オー……ホッ? 今なんて言いましたの?」

「いや、だからお世辞なんて言ってないぞ。今の姉ちゃんの動き、マジで凄かった。なぁなぁ俺にも教えてくれよ」

「い、いえ、教えるも何も貴方も老子から習ったでしょう」

「姉ちゃん今の老子から習ったのか? ずるい! あんな高度な動き俺は教えてもらってないぞ」

「え? そ、そんなはずは……」


 これはどういうことかしら? ネリアと私の教育内容はほとんど同じ、仮にそれぞれの実力に合わせた訓練を行ったとしても、体術に関してはネリアの方が私より数段上。私が習得できるものをネリアに教えない理由がありませんわ。


「まさか貴方……体術の訓練をサボってませんわよね?」

「体術の訓練は姉ちゃんと一緒だろ。それに勉強ならともかく体術の訓練を俺がさぼるなんてありえないぜ」

「勉強もさぼるのはどうかと思いますけど、それに体術の訓練がずっと一緒だったのはもう何年もま……あっ!?」


 そこで気がつきましたわ。私はあのゲーム(と言っていいのか、今となっては甚だ疑問ですけど)の内容をはっきりと、それこそ過去の出来事のように記憶していますわ。そう、ゲームの中で学習したことさえも。


「ということは、ま、まさか……いえ、確かめてみる必要がありますわね」

「姉ちゃん? どうかしたのか?」


 小首を傾げているネリアはひとまず置いて、私は霊力を練り上げる。変換属性は……火属性がいいかしら。


 掌にポゥと浮かび上がる火の玉。


「おお、もう霊力を属性に変化できるなんてさすが姉ちゃんだぜ」


 パチパチと妹の拍手が道場に響きますけど、でも正直、こんなの全然凄くありませんわ。私は空中に火の玉を維持したまま魔力を込めた腕をふった。するとーー


 ポゥ。ポゥ。ポゥ。ポゥ。


「お? お? おおっ!? ちょっ、ね、姉ちゃん? いくら何でもそれは凄すぎないか?」


 空中に一つ二つと増えていく火球。最終的にそれは五十を超える数となって私の周りを囲んだ。


「やっぱりそういうことですのね」


 もう間違いありませんわ。私はゲームの中で行った学習を現実に引き継いでいる。いえ、ハッキリと感じる霊力の微細な流れはそれだけではありませんわね。ここまでの火球をこれほど完璧にコントロールすることは、ゲームの中の私にもできませんでしたわ。これは何十回と繰り返した七年間がそのまま修行きそとして積み重なっているということなのかしら? なら今の私の実力は既に人間の中ではかなり上位にーー


「神様、大感謝ですわ」

「姉ちゃん? 突然どうしたし」


 脈絡もなくお祈りを始めた私にネリアが不思議なモノでも見るかのように目を瞬いた。


「なんでもありませんわ。それよりもネリアも練習すれば直ぐに属性魔術を習得できますわよ」

「本当か?」

「もちろんですわ」


 私は腕を振って火球を消した。う~ん、自分でも惚れ惚れするくらい完璧な霊力コントロールですわ。


「……なぁ、姉ちゃんの霊術ってすでに実戦レベルに達してるんじゃないのか?」


 霊力は人間なら誰しも持っているものなので、当然誰もが訓練次第で霊術を使えるようになる。でもどこまでのレベルに達するかは本人の努力と資質に大きく左右される。


 日常で少し体温を高めるなどと言った細やかな魔力と技術の日常レベル。様々な専門的な職業で使用される職業レベル。そして命がけの戦闘に魔術だけで勝利を収められる実戦レベル。実戦レベルに到達できる者はそれほど多くはなく、職業レベルの魔術に武器や体術を応用したスタイルが一般的な霊術師の戦闘方法と言えますわね。


 私はネリアの質問に胸を張って答えますわ。


「ふふん。だとしたら何ですの?」

「純粋にすごいぜ。そんでちょっぴり悔しいぜ。待ってろよ、姉ちゃん。すぐに追いついてみせるぜ」

「それでこそ私の妹ですわ。さぁ特訓再開ですわ」


 思わぬアドバンテージのおかげでネリアと模擬戦をやる意味はかなり少なくなりましたけど、自分の力に慣れる為にも模擬戦はやっぱり有効ですし、何よりも反共存派の襲撃から被害者を守るにはネリアを鍛えておいて損はないですわ。


「いくぜ姉ちゃん」


 そして私達姉妹は修行を再開したのですわ。

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