第4話 世界情勢

  第三勢力の台頭。長い年月、それこそ正確な時間も損失するほど膨大な時間を掛けて大陸の覇権を争い続けてきた人類と魔族は、有史以来初めて起こる状況に直面していた。


 それが幻獣という魔力(種によっては霊力)をもった獣達の台頭だ。幻獣の脅威自体は古来より続くものではあったが、それが決して種全体を脅かすことがなかったのは偏に魔族以上に多様化した種の特性故だろう。つまり個として人や魔族に匹敵、あるいは凌駕していても多様化しすぎた獣達は他の獣達と群れることができず、結果、種として結束する人類や魔族に遅れを取り続けてきたのだ。そんな状況が一変したのが今から十年以上前のこと。


 幻獣を総べる神代の獣の復活。


 噂が広がり始めた当初、誰もが笑い飛ばしたその話を疑う者はもう何処にもいない。そう、人も魔族も最早争っている場合ではないのだ。しかし始まりも損失してしまうほど長い、とてつもなく長い時間争い続けてきた両者が簡単に和解できるはずもなく、二つの巨大な陣営は不利になると理解しつつも互いに無益な争いを止められないでいた。


 そして当然の如く疲れ果てた戦場の兵士達を狙う、ハゲタカと言うにはあまりにも獰猛な獣達の牙。


 このままでは遠くない将来、獣達の戦力は人類と魔族の総力を超えてしまうのでは? そんな噂がささやかれ始めた頃、両陣営に青天の霹靂とも言うべき転機が訪れた。


 それが独立国家幻想国の建国だ。大陸の北に位置する巨大な山脈を超えた先にある辺境の地、そこで暮らす人と魔が既存の国家を捨て、人魔が共存できる国を独自に作り上げてしまったのだ。無論辺境とはいえ、これは各陣営からの独立であり、明確な裏切り行為だ。本来であればすぐさま粛正されただろうが、そうはならなかった。その要因は数あれど、その最大の理由は幻想国に住う二人の少女に起因する。


 白銀の太陽 ニア•ウルネリア

 黒き暴風 クローナ•ウルネリア


 他の年若き実力者二名と共に幻想国の四幻将と呼ばれるこの二名は魔王軍最高幹部の一魔、フラウダ•ウルネリアの娘であり、大地の支配者とも謳われるフラウダは娘達を大層愛していた。故にーー


「僕の可愛い娘達に手を出す奴は許さないから」


 と、魔族領のみならず人間領にまで正式な声明分を送ったのは歴史の教科書に早くも載るほどの事件として記憶に新しい。


 一説によれば魔王軍で最大勢力を誇る紅蓮の支配者フレイアナハス以上の影響力を持つと言われる彼女のこの公布は予想以上の反響を呼び、多くの事件を巻き起こすきっかけとなったが、公布から数年立った現在ではそれも落ち着き初め、かつてはその思想を持っただけで死罪にもなりえた共存派と呼ばれる人魔共存を目指す者達がどちらの陣営にも確かな勢力として存在するようになったのは、彼女の功績によるところが大きいだろう。


「と、まぁこんな風に彼女の行いが正しいかどうかはさておき、私たちは今、とてもデリケートな時代にいるのですわ。それこそこのままいけば新時代の幕開け、あるいは人の世の終わりに立ち会えるかもしれませんわね。私たちが生きてるのはまさにそんな時代なのですわ。って、聞いてますのネリア?」


 見れば可愛い妹は道場であぐらをかいたまま、船を漕いで夢の世界に旅立とうとしていましたわ。


「ンァ!? えっと……もちろん聞いてたぜ!」


 返事だけは元気がいいんですけど、その内容は非常に疑わしいですわね。


「でも何で急に歴史の話なんて始めたんだ?」

「それは私たちの仮想敵が魔族だからですわ。強くなるのはもちろん、相手に勝つには相手のことを知ることも必要でしょう? ですから特訓の前に私達の目的を話しておいたのですわ」

「ん? 今の話だと魔族とは仲良くした方がいいんじゃないのか? それともやっぱり連中は悪い奴らなのか?」


 あら、意外と話を聞いてましたのね。お姉ちゃん、とっても感心しましたわ。


「正直、私としては魔族に思うところはありませんし、争わないで済むならばそれが一番だと思ってますわ」


 私が生まれた頃には勢力としてはまだまだ脆弱でも、既に共存派が地下運動を活発化させ始めており、オルガ王国も魔族よりも獣を脅威と捉えて始めていたので、私やネリアの世代は魔族憎しの教育をあまり受けていないのですわ。なので正直魔族は敵だと盲目的に叫ばれてもそれほど共感できないのですわよね。


「じゃあなんで魔族が仮想敵なんだ? この場合獣と戦うことを想定した方がいいと思うぞ」

「流石は私の可愛い妹ですわね。とっても賢い意見ですわ」

「エヘヘ。そ、そうか? 姉ちゃんに賢いって言われると、なんか照れちゃうぜ」


 頬を赤くして後頭部をかくネリアは日頃の男児のような振る舞いが嘘のようにとってもプリティーですわ。


「もう、我慢できませんわ。そんなに可愛い妹はこうですわ」

「わっ!?」


 ネリアを抱きしめて思いっきり頬擦りする。ああ、至福の時間ですわ。


「ね、姉ちゃん、話はどうなったんだ? 終わりなのか?」

「あっ。そうでしたわね。えーとどこまで話したかしら」

「魔族を仮想敵にする理由だぜ」

「そうだったわね。さっきも言った通り、確かにここ十年余りで人魔の関係は劇的に変わりつつありますわ。でも当然のことながらその変化を厭う者もいますの」

「獣にやられることになってもか?」

「思い込み。常識。恨み。あるいは信念というものは、平気で理屈を上回るものなのですわ」

「へー。凄いんだな」

「凄いというよりもこの場合は怖いですわね。なにせこの手の相手には理屈による説得が極めて困難ですから敵対した場合、かなり高い確率で血生臭い結末を迎えることになりますわ」

「だから仮想敵にするのか?」


 いえ、未来で敵対するのが分かってるからですわ。


 とは言えず、私は誤魔化すようにネリアの頭を撫でましたわ。


「人間と和解するくらいなら死を選ぶ。そう言って譲らない反共存派の魔族にいつ襲われても死なない力を身につける、それが私達の最優先事項なのですわ」

「うーん」


 あらあら、可愛い妹の眉間にシワが寄ってますわ。


「どうかしましたの?」

「いや、正直今の話だと何で対幻獣も含めないのかがよく分かんないぜ。だって襲われる確率ならどっちもどっちだろ? それとも魔族の方が襲ってくるって確信が姉ちゃんにはあるのか?」

「それは……」


 一瞬、もう全部喋ってもいいかしら? なんて考えてしまいましたけど、やっぱりそれはダメですわね。すでに魔族はこの国の奥深に入り込んでいる。私が相手の存在に気づいていることを知られたら、私はもちろんネリアの命も危ない。そして私ならともかくネリアには七年も相手の正体に気付いてないフリなんて出来っこありませんわ。


 やはり情報の開示はこちらの準備がもっと進んでからですわね。


 まずは基本となる自己の鍛錬。それと同時に魔族達を一網打尽にできる戦力を秘密裏に集めつつ、作戦も練る。……大丈夫。まだ魔族が事を起こすまでに七年ありますわ。焦っては駄目。焦っては駄目ですけど……ネリアになんて説明したものかしら?


 悩む私。ネリアは頭の後ろで手を組んだ。


「まっ、何でもいいぜ。俺……じゃなかった。私はもともと強くなりたいと思ってたし、姉ちゃんと一緒に修行できるなら文句なしだぜ」

「ネリア……もう無理に私と言わなくても良いですわよ」

「え? いいのか? 姉ちゃんいつも俺なんて言葉は貴族の令嬢に相応しくないって言ってたのに」

「確かに高貴な者にはその高貴さに相応しい振る舞いが求められますわ。でもどんな振る舞いも果たすべき義務をこなさなければ詐欺師と変わらない。ホーンナイト家に生まれた私達が目指すべきは清廉潔白な貴族令嬢ではありませんの。たとえ周囲に悪と思われても貴族の義務を果たす。そう、私たちが目指すのはそんな悪役令嬢なのですわ」

「おおー! なんかよく分かんないけど、おおー!」


 妹の行う拍手に何となく気分が良くなってきましたわ。


「オーホッホッホ! さぁ、ネリア。特訓を開始しますわよ」

「よっしゃ! 頑張ろうな、姉ちゃん」


 そうしてバッドエンドを回避する最初の一歩として、私とネリアの特訓が始まったのですわ。

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