第3話 夢から覚めて
「ハァハァ……な、何でしたの今のは? ゆ、夢?」
視界は今でもメチャクチャ、夢とは地続きな感じで、まるで起きた気がしませんわ。いえ、そもそもあれは本当に夢でしたの?
思い出すのは最後に見た自称神様のあの姿ーー
「あ、あんなの、あんなの……」
満天の星で輝く夜空を編み込んだかのような黒髪に、この世全ての輝きを閉じ込めて作られたかのような虹色の瞳。一部の狂いもない、完全なる左右対象で構成されたその容姿は、美して、美しくて、美しすぎてーーこの世のどんなものよりもおぞましかった。
「うっ!?」
あっ、ヤバイですわ。吐きそう。って、だ。ダメ、流石にダメですわ。あれが本当に神様なら神様の姿を思い出して嘔吐するなんて幾らなんでも失礼すぎますわ。
私は貴族としての矜持と天上に座す方への
(きゃー、素敵ですアクアエリさん。超頑張って)
神様の声が聞こえた気がしましたわ。それで気力を増した私は嘔吐感が鎮まるのを微動だにせずただただ待ち続けます。そしてーー
よ、よし。行けますわ。あと少し、あと少しで落ち着ーー
ガチャリ。
「失礼します。お嬢様、まだくたばったままでしょうか」
失礼極まりない言葉と一緒に入室してきたのは黒髪を腰にまで伸ばした
「オゥエエエエ」
メッチ嘔吐しましたわ。
「人の顔を見るなり吐くとは、変な病気に頭でもやられましたか?」
汚れたベッドをいつもの無表情で淡々と処理しながら、完璧に限りなく近い能力とその真逆のような性格を併せ持つメイドはお決まりの
私はブルリと震える体を抱きしめた。
「う、煩いですわよ。今かつてない体調不良に襲われてる真っ最中ですの」
視界の揺れは大分落ち着きましたけど、神様に与えて頂いたスキルが馴染むには相応の時間が必要なのか、熱っぽさが中々抜けてくれませんわ。
「教会で突然倒れられたお嬢様の為に旦那様が国中の名医を招き続けていますが、館を訪れたどの名医もお嬢様が倒れた原因を特定できませんでした。お嬢様、私に隠れて変なモノでも拾い食いしませんでしたか?」
「するわけないでしょ! 貴方は私を何だと思ってますの? ……って、ん? ちょっと待ちなさいな。招き続けてる? クローディア、私が起きたことをお父様に報告したのですわよね?」
クローディアはベッドのシーツを代える為に、何度か部屋を出入りしている。当然、私が目を覚ましたことを報告したものだと思ってましたわ。
「お嬢様、今はもう深夜ですよ」
「あっ、そ、そうね、お父様もとっくにお休みになられてますわよね」
「いえ、旦那様は昼夜問わずに連日連夜魔術通信を使い続けております。私の見立てでは二日以内に倒れられるものと存じます」
「存じますじゃありませんわ! 早く私のことを報告してきなさいな、この駄メイド!」
このクソだるい時に怒鳴らせるんじゃありませんわ! そんな私の内心なんてまるで斟酌した様子も見せず、クローディアは小首を傾げた。
「造語ですか? 駄メイド。言いたいことが分かりやすく伝わる、お嬢様にしては中々のセンスですね。ぷっ、ちょっとウケましたよ」
こ、こいつは、マジで今すぐぶっ飛ばしてやろうかしら?
そんな私の殺意が伝わったのか、クローディアは頭を下げると大人しく部屋から出て行きましたわ。
「いや、せめて一言言ってから出ていきなさいよね」
護衛としては比肩する者がおらず、あの態度を除けばメイドとしても優秀なのでお父様も扱いに困る、まさに諸刃の刃のような女ですわ。
「ハァ、彼女を上手いこと使えれば良いのですけど」
いえ、クローディアだけの話じゃありませんわ。光の属性に、闇の属性。それにネリアに、後おまけで冷血漢の馬鹿王子。ホーンナイトの長女たる私の周りには優秀な人材が多い。彼女達の力を上手く借りればバットエンドを覆すことがーー)
「姉ちゃん、起きたって本当か?」
「きゃっ!? え? な、なに? ネリア?」
あら、一体どういうことかしら? 気がつけば可愛い妹がベッドの脇から身を乗り出して私を覗き込んでいますわ。
「おおっ!? 本当だ! 朝起きたら父さんがクローディアに本当に起きたのか? ってすごい剣幕で詰め寄ってたからメチャクチャ心配したぜ姉ちゃん」
「朝?」
妹に抱きしめられながらも窓を見てみれば、そこからは眩い日差しが入り込んでいますわ。どうやら考え事をしている間に眠っていたようですわね。
「心配かけましたわね」
「本当だぜ。姉ちゃん一週間も寝たままだったから俺はもう、心配で、心配で」
「俺じゃなくて私でしょう。いえ、それよりも一週間? そんなに寝てましたの?」
クローディアとの会話で一日二日は経過しているとは思ってましたけど、まさか一週間とは。いえ、向こうで過ごした時間を考えればそれですら僅かなものなのかもしれませんわね。
そう、夢の中でゲームをしている時は何故だか全く気になりませんでしたけど、そもそも私はあのゲームをどんな風に見ていたかしら? 思い返せるのはまるでゲームの中にいるかのような、いえ、まるで現実の中にいるかのようなそんな記憶だけ。まるで十歳から十七歳の七年間を何度も何度も繰り返していたかのような、そんな違和感がつきまとっていますわ。
「こんなあり得ない感覚……さすがは神様といったところなのかしら」
「ん? 神様? 勿論俺……じゃなかった、私は神様に祈ったぜ」
親指を立ててくる妹。そういえば神様もあのポーズをよく……あっ、そういえば頂いたスキルはどうなっているのかしら?
体調も戻っているし、ちょっと試してみることにした。
スキル『屈服の瞳』。対象が私に逆らえなくなるような秘密を暴くという、高貴な私にはあまりふさわしくないスキルですけれど、神様の言う通り社会において強力なのは確かですわ。
「ネリア、ちょっと試したいことがあるから動かないように」
「ん? いいぜ姉ちゃん」
私が起きたことを喜んで、はしゃいでいた可愛い妹は言われた通りに動きを止める。
そんな妹に対して私はスキル『屈服の瞳』を使用した。するとーー
対象 ネリア•ホーンナイト
弱見 なし
想像通りの結果にホッと胸を撫で下ろす。
まぁ、そうだとは思ってましたけど、これで私の頭が変になったわけじゃないと確信できましたわ。スキルの結果も概ね予想通りですわね。神様に話を聞いた時からそうだとは予想していましたけれど、このスキルは知られたくない、いえ、脅迫材料となる秘密を抱えていない者には無害なもののようですわ。あっ、でも名前が分かるのは何気に便利ですわね。……でもこの名前、複数持ってる場合はどのように反映されるのかしら?
ああ、考えることがいっぱいですわ。いっぱいすぎてーー
「ふっふっふ……オーホッホッホ!」
「おおっ? 姉ちゃんの高笑いが出た。どうしたんだ姉ちゃん」
「自分の置かれているこの奇妙な状況にどう反応したらいいのか分からなかったので、とりあえず笑うことにしたのですわ。オーホッホッホ!」
このままだと将来十七歳で死ぬと分かったのは最悪。でも神様がわざわざ干渉して下さったのは何にも代えがたい幸運ですわ。そして私はホーンナイト家の娘。高貴な者の義務としてこの与えられた幸運を庶民の皆様の為に用いる義務がありますの。そう、私が死亡する原因である七年後に起こる反共和派魔族の襲撃。それで犠牲になられる方々を私の命と一緒に助けるという義務が。
「ネリア、お姉ちゃんはこれから強さを求める鬼となりますわ。廻るは悪逆非道の修羅道、高貴さとは程遠いことに手を染めても為さねばならぬことがこの私にはありますの! そんな私の道に貴方、ついてくる覚悟はありますの?」
「長いぜ姉ちゃん。もっと短く頼む」
「私と一緒に強くなりつつ悪さをしますわよ。オッケー?」
神様に倣って親指を立てる私にネリアも同じ動作を返した。
「オッケーだぜ」
さぁ、ゲームの始まりです。
そう言って何処かで神様が笑った気がした。
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