第2話 ゲーム
「ちょっと、何ですのこのゲーム! クソですわ、クソゲーム。略してクソゲーですわ!」
私は苛立ちのままにコントローラーを放り投げると、そのまま地団駄を踏んでやりましたわ。
ゲームを始めてどれくらい経ったかしら? 物凄く長い時間が経過したような気もするし、まだほんの一瞬のような気もしますわ。始めた当初はまさか時間感覚を損失するくらいゲームにのめり込むとは思いもしませんでしたわね。
「流石は未来の悪役令嬢。クソゲーという単語の元祖になってしまいましたね」
何やら感心したようにうんうんと頷く自称神様。私はそんな神様をキッと睨みつけてやりましたわ。
「ちょっと! 何ですのこのゲームは! なんでどのルートでも私が十七歳の身空で死ななければいけませんの?」
クソゲーがクソゲーたる所以、それは選択肢を総当たりしてもバッドエンドにしか辿り着けないことですわ。
「こんなゲームは欠陥品ですわ!」
「そう言われましても、王立霊術学院の二年生に上がる前後で死んでしまう。これがアクアリアさんの現状なんですよ」
「結末が変わらないって、何の為の選択肢ですの?」
「でも選択肢があった方がゲームは楽しくありませんか?」
「それはそうですわね……って、そういうことが言いたいんじゃありませんわ!」
「ふふ。分かっていますよ。安心してください。その選択肢は私と話をしなかった場合にアクアリアさんが取り得る行動、その
と、女性がいきなり親指を立ててきましたわ。
それにしてもこの自称神様のいいようーー
「そう言えばこれ、私の未来とか言ってませんでした?」
夢のことなのであんまり気にしてませんでしたけど、ここまでリアルな夢だと今更ながらちょっとビビッて……い、いえ、まぁ所詮は夢の話ですけどね。
「と、思っていられるのも今のうちですよ」
「ちょっ!? いくら夢の中のこととはいえ、人の心を勝手に読むのは止めて下さいな」
「ふっふっふ。私、神様ですから」
またも親指を立ててくる自称神様。
ま、まぁ夢とはいえ相手は神様、少しはお喋りに付き合ってあげても良いかもしれませんわね。
「それなら神様にお伺いしますわ。私、十七なんて若さで死にたくありませんの。どうしたらこの結末を変えられますの? 私の死亡原因であるこの魔族を速攻で倒せばいいのかしら?」
「いえいえ、この魔族は現在地上にいる生物の中でもそこそこ上位に位置する実力者です。それにゲームをやって分かっていると思いますけど、アクアリアさんを取り巻く現状が現状です。迂闊に手を出すのはお勧めしませんよ」
「ここまで魔族に入り込まれてるなんてあり得ませんわ。ゲームの中のお父様たちは何をやっていましたの?」
「スパイを完全に阻止するのは難しいですからね。今回のような何十年と時間をかけて準備されものを見抜くのは特に」
「ああ、もう。そんな何十年掛かりの計画に巻き込まれるなんて最悪ですわ」
夢のこととはいえ、思わず髪を掻き毟る。いえ、所詮夢、所詮夢ですわ。
「と、自分に言い聞かせながらも不安が拭えないアクアリアさんのためにこんな素敵なモノを用意しました。はい、ジャジャーン!」
自称神様は何やら黒くて分厚い本を取り出した。
「なんですの? それ」
「これはですね、アクアリアさんが立派な悪役令嬢になるために必要な能力を視覚化演出したモノで、まぁ私からアクアリアさんに差し上げる攻略本……というかスキルですね」
「スキル!? か、神の恩寵と言われるあのスキルのことですの?」
「ふっふっふ。私、神様ですから」
三度親指を立てて見せる自称神様。夢のこととはいえ何かテンション上がってきましたわ。
「それがあれば死ななくて済みますの?」
「いえ、そう言うわけではありません。あくまでもその可能性を引き寄せられる一助になると言うだけで、バッドエンドを覆せるかどうかはアクアリアさんの頑張り次第です。頑張って立派な悪役令嬢になってくださいね」
「ずっと気になってましたけど、その悪役令嬢と言うのは何ですの? 別にゲームの中の私は役とはいえ悪と呼ばれるようなことはしていませんでしたわよ?」
むしろ我ながら誇りたくなるような立派なレディでしたわ。まっ、ホーンナイト家の長女として当然のことですけどね。
「そうですね。アクアリアさんは本来は清廉潔白な素晴らしい人格を若くして持っている、とってもいい子です」
「ふふん。そうでしょう。そうでしょう。オーホッホッホ!!」
自称とはいえ神様にも褒められちゃう私。流石すぎて思わず大爆笑ですわ。
「でもですね、そんな清廉潔白ないい子なアクアリアさんに、果たしてたった七年で上位魔族からの襲撃に備えるなんてことができますかね?」
「オーホッホッホ! オーホッホ……え? それはどう言う意味ですの?」
「考えてみてください。洗練潔白ということは定められた
「あら、それの何が問題ですの? ホーンナイト家は王国の盾。事情をお父様たちに相談すれば……相談すれば……」
そこで私は私を殺す魔族の凶悪極まりない戦闘能力を思い出しましたわ。敵は既にオルガ王国の奥深くに侵入して、それなりの地位を築いてしまっている。いかにホーンナイト家の長女とはいえ、十歳の子供が何の証拠もなく告発して、すぐに軍が動いてくれるとは思えませんわ。まず間違いなく、最初は本当に魔族かどうかの確認から入りますわよね。でもあのレベルの魔族に初動をミスれば犠牲者がーー
脳裏に浮かぶバッドエンドの画面。そこで死んでいるのは私だけではなく、貴族である私が守るべき多くの民も一緒に横たわっていますわ。
所詮これは夢。だんだんそうは思えなくなっている私にゆっくりと近づいてくる自称神様。
「どうやら自分の置かれている状況を理解できたようですね。そうです、アクアリアさんがご両親を頼るにしてもタイミングをミスれば即バッドエンド。でも現在の状況ではバッドエンドを回避するタイミングなんて一生待ってもやってきませんよ?」
「……だからこそ、私は自分でそのタイミングを作り出す必要がある、と仰るのですね」
自称神様はとても神様とは思ない笑みを浮かべましたわ。
「そうです。アクアリアさんは望む未来を得るために嘘と真実と力を持って他人をコントロールし、定められたバッドエンドを回避できる状況を作り出していく必要があるのです」
「……その為の悪役令嬢」
「誰に取っても毒にもならない
そこで自称神様は手に持っている分厚い本をひらひらと振って見せましたわ。
……正直、私はまだこれを夢なのではと疑ってますけど、仮に、そう仮にほんの一%でも現実の可能性があるのでしたら、私はホーンナイト家に生まれた者として、何よりも自分自身のために、あのバッドエンドを回避する必要がありますわ。その為にはーー
「いいですわ。このアクアリア・ホーンナイトの手にかかれば悪役の一つや二つ、軽くこなせるということをご覧に入れて見せましょう」
「良いですね。アクアリアさんのそういうところ、私は好きですよ」
「オーホッホッホ! もっと褒めてくださっても構わないのですわよ」
「ふふ。……それでは私がアクアリアさんに授けるスキルについて説明しますね。スキルの名前は『屈服の瞳』。対象がアクアリアさんの言葉に逆らえなくなるような弱みを文字として視認できるスキルです」
「それは……あまり褒められた力ではないような気がしますわね」
物語に出てくる英雄が持っているような格好良いのを期待していたのに、ちょっと肩透かしを喰らった気分ですわ。
「まぁまぁそう言わずに、人の社会において相手が知られたくないと考えている情報を一目で見抜けるのはかなりのチートですよ? 上手く使えばアクアリアさんの望む未来を掴む大きな一助となるでしょう」
「チート?」
「反則なほど強力ってことです。はい、そんなわけでスキルのインストールを行っちゃいますね」
いつの間にか目の前に立っていた自称神様は手に持っていた分厚い本を、まるで本棚にしまうかのように私の頭にぶつけてきた。途端、頭の中で火花が散りましたわ。
「うっ、は、吐きそうですわ」
「拡張される知見にアクアリアさんのマテリアルが適応しようとしてるんです。相性が悪いと人格の崩壊へと至りますが、まぁアクアリアさんなら大丈夫でしょう。……多分」
「か、神様なのに、随分いい加減な仕事ですわ」
文句を言ってやろうと目の前の自称神様を見上げますけど、視界が揺れに揺れて、もう自分が何処を見ているのかも分かりませんわ。
「ふふ。マテリアルに新たなる回路を開設するのは結構な負荷なのですが、十歳にしてその精神力。最近は予定調和なことばかりで退屈していたのですが、私の見込んだ通り、貴方ならばそれ以外を見せてくれそうですね」
ニヤリ、と何やら神様が神様らしくない笑みを浮かべた気がしますわ。
そこで私は唐突に今まで自称神様の顔を見ていたはずなのに、それをキチンと認識できていなかった自分に気がつきましたわ。表情は分かる。声も仕草も、美しい顔立ちであることも。でも何故か頭の中でその姿を再現しようとしたらモヤのかかったようにあやふやなモノになってしまって、しかもそのことにまるで疑問を抱いていませんでしたわ。
その事実を認識した途端、揺れに揺れていたはずの視界で唐突にそのモヤが晴れた。そこにあったその顔はーー
「さぁ、ゲームスタートです。定められたバットエンドを覆すような素敵なストーリーを期待していますよ。
そして私はベッドから飛び起きたのですわ。
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