第13話


 二人は朝焼けに染まり、ちらりちらりと桜の花びら舞う歩道を希夢の生家に向けて歩いた。

 

 時折隣を歩く希夢を見る美琴。


 希夢が工房での調べ物を終えたら、この地を去ってしまう…美琴の瞳には、そんな淋しさがあった。


 屋敷の門扉に着く。

 希夢はショルダーバッグがら銀のリングに通された幾つもの鍵から、出入口の物を選ぶと鍵穴に入れた。

 カチャ…キキキ…


 先に進む希夢の後を、美琴は小走りでついて行った。


 屋敷の右隣に平屋の工房があり、周りに作られていた花壇には雑草ばかりが生い茂っていたが、古びた小物の飾りなど、かつてはよく手入れされていたであろう事が見て取れる。


 希夢は家のドアに鍵を挿し…

 二人は顔を見合わせた。


 ドアを開けるとすぐにカウンターがあり、その右を抜けると10脚程椅子の並んだ長テーブルがあった。そして、窓の内周りにはガラス張りのショーケースに美しい装飾や彫りが施された小物が並べられていた。

「ここでチャリティーバザーや、ボランティアの工作教室をやっていたのね…」

美琴が呟くように言った。


 奥は更に10畳程の広さがあり、丸鋸(まるのこ)やボール盤、メッキ用の水槽などが整然と並び、中央に一枚板の工作台が据えられていて、ノミや彫刻刀が使いかけのままの状態で置かれ、どうやら希夢の父、和也が亡くなった時のままの状態で残されているようだった。


 一番奥の壁には電気スタンドの置かれた机があった。


 希夢と美琴は並ぶ工作機械を眺めつつ、朝日の差し込む作業場を奥へと進んだ。


 工作機械はどれも使い込まれ手の触れる場所は塗装が剥げるなどして、使われていた頃を偲ばせた。


「父さんは、ここで仕事をしていたんだな…」


「そうね、働いている姿が見えるような気がするわね。」


 二人は部屋の奥の机の前まで来た。


 机の上には作業日誌と書かれた分厚いノートと万年筆が置かれていた。


 このノートに手掛かりとなる事が書かれているかもしれない、希夢はそのノートのページを開いた。


 日付に加え、天気、気温、湿度まで書かれてある。


 天気、気温、湿度は木の加工に際し微妙な歪みや膨張、縮みに影響を及ぼす。

和也は完璧な作品を作る為に常にそれに気を配っていたのが分かる。


 最初のページには、工房が屋敷横に増築され、工作機械が搬入された事が記されていた。そして、そこには金森が機械の設置作業を手伝いに来ていた事も書かれていた。


 1980年6月20日 晴れ 23℃ 42%


 待ちに待ったフロアー完成

 午後から工作機の搬入作業に金森君が来てくれた

 設置場所を二人で考える、凄く助かった

 試運転などをしていて朝になってしまう

 大久保さんが夜食にと作ってくれていた玉子サンドを分けて食す

 後は取って置きのワインで祝杯を上げた


 作業日誌には、1ページに数日分の事がびっしり書かれているページもあれば、アイデアの絵のような物が描かれているだけのページもあった。


 希夢は、父親が綴ったその一文字一文字を愛でるように読んでいた。


 工房を作り1年後には、ボランティアでの工芸教室、チャリティーバザーを始めた事、その中に後の希夢の母親である大月 望(おおつき のぞみ)の名前もあった。


 そして、結婚、希夢の誕生は2年ほど後のページに綴られていた。

 作業日誌が普通の日記のようであった。


 希夢と美琴は顔を見合わせ笑った。


 その後のページを見ると、毎日のように金森に工芸のレクチャーをした事が綴られている。

「これ、受賞の後だね」


 金森は和也の作品で金賞を受賞後、多くの仕事が舞い込み、和也にアイデアや技術的な面を習いに来ていたのだった。


 希夢と美琴は和也の作業日誌を見ている内に二人の顔はくっつく位に接近していた…お互いそれに気付き、見詰め合う二人…


 その時、入り口側でガチャっと音がして逆光で黒く見える人影が二人の方へ歩いて来た。


「二人共、元気そうだな…希夢、美琴…」

 そこに現れたのは、金森だった。

「懐かしい…ここに入るのは久しぶりだ」


「金森…さん…なぜ」希夢が言いかけると


「この間は嘘を言ってすまなかった…君自身に探してもらいたかったんだ…君のお父さんの過去をね…」


「それに…俺は狙われているんだ…君達に危険が及ぶ事を考えると、なかなか接触する事が出来なくてね…」


 美琴が希夢の腕を掴み寄り添う。


「危険がって…?誰に狙われているんですか?警察の疑いは晴れたと聞きましたよ?」


「そいつは…」

 金森がその質問に答えようとしたその時、出入口ドアが激しく蹴り開けられた。


「しまった…つけられていたか…!アイツだよ!アイツがここから、和也のブラックオパールを盗みやがったんだ!」


「あの事件の夜、ここに来た刑事…前川!」

 金森は二人に右手をかざし、後ろに下がるよう促し言った。


「おいおい…もう30年以上も前の事を、こそこそ嗅ぎ回りやがって…」

 拳銃を向けて前川が近付いて来る。



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