第11話
金森はしばらくの間、帰途につく希夢と美琴をじっと見詰めていたが、ちらっとルームミラーで後ろの覆面パトカーに目をやると、アクセルを静かに踏み込み二人を追い抜く形で走り去った。
覆面パトカーも、数台の車の通過後、金森の車を追って走り去った。
そんな事には気付かない二人は帰途を急いでいた。ちょっとのつもりの外出が思いがけぬ大久保との出会いで、4時間以上が過ぎていたのだ。
「母さん心配してるわね…お話聞く時、携帯の電源切っちゃったから」
「そうだったの…遅くなってごめんね…帰ったら一緒に謝ろうね」
「うん!心強いお言葉、ありがとっ!希夢が先に入ってね!」
二人は笑いつつ足を早めた。
希夢と美琴がマンションに着いたのは、午後9時を少し過ぎた頃だった。
美琴が鍵を、そして希夢がそっとドアを開けた。
目の前には、腕組みし仁王立ちした琴絵が居た。
「遅くなっちゃって、ごめんなさい…」
玄関に並んでぺこりと頭を下げる二人。
琴絵は、ホッと安堵のため息をつくと、
「二人共もういい大人なんだし、とやかく言うつもりも無いけど…連絡くらいくれても良いんじゃない?電話繋がらないし〜もう!」
「はい…ごめんなさい」と美琴。
「いや…俺が悪いんです!つい話が長引いちゃって」希夢がかばう。
「もういいから…晩ごはん冷めちゃったじゃない…チンするから、二人共座りなさい」
食卓には、二人が出掛けている間に琴絵が手作りしたハンバーグと細く刻まれたキャベツ、レタスの上にはポテトサラダが乗せられていた。
「丸ごとチンしたから、サラダも熱いわよ」
「美味しそう!いただきま~す!もうお腹ペコペコ~」
美琴は手を合わすと、隣に座る希夢に「希夢、食べよ」と促した。
「いただきます」希夢も手を合わせた。
希夢が箸を手にした時には、美琴は一口目のハンバーグを口に運んでいた。
「美味しい~」
「あの…琴絵おねえちゃん、教えて欲しいんだ…金森って人の事」希夢は箸をもったまま、向かいの席に座る琴絵に執事の大久保から聞いた事を話した。
琴絵は視線をテーブルに落とし希夢の話を最後まで聞くと、少しだけ考え込み、そして話し始めた。
「そうね…美琴が生まれる少し前に、あなたの家に遊びに行った時の事だけど…」
希夢の目が真剣さを増した。
「あなたのお父さん、お母さんと、私とダンナの4人…食事会した日…大久保さん良い人なのよ〜、あの時も器用に美味しい料理を振舞ってくれたわ…丁度いただきながら談笑していると…」
大きな屋敷に、来客を知らせるチャイムが鳴り響いた…カ〜ンコ〜ン…カ〜ンコ〜ン♪
しばらくすると、大久保が金森を部屋に案内して来た。
金森は和也の顔を見るや否や、手を合わせ拝むように、
「和也、すまん!実は勝手にお前のあの作品を俺の名前で展覧会に出しちまったんだ…それが金賞を取っちまって…参ったよ」
和也は一瞬、はっとしたが…
「あはははは、いいけど、それは本当かい?びっくりだね〜」と明るく笑った。
琴絵もめぐみと顔を見合わせ笑った。
「いいけど…って…お前…、俺の名前で金賞取っちゃったんだぞ?早速、仕事の依頼も来ちまってさ…」金森は気まずそうな顔で…それでも、許しを乞うように言った。
「いいじゃないか、君はずっと工芸の世界でやって行きたかったんだろ?チャンスじゃないか!?あれは、君が作った!それで良い…誰にも他言しやしないよ!」和也は、金森の手を取ってぐっと力を込めた。そして振り向くと他の皆にも頷き、暗黙の了解をさせた。
「さ、君も一緒に食べよう、お祝いだ」
一同は席に着くと、大久保から注がれたワインで祝杯を交した。
「だけどすまないが、あの作品だけは僕に返して欲しいんだ…」
隣に座る金森に和也が言った。
「ああ…分かってるよ、あれには和也が修行卒業の祝いに師匠から貰った宝石が埋め込まれているもんなぁ〜、卒業を認められなかった俺には貰えなかったが…」
少しひがみっぽく言った言葉に、一瞬気不味い空気になった…が、大久保が運んで来た料理にパッと雰囲気は華やいだ。
金森を交えた食事会になったその日は、和也と金森の修行先であったパリでの思い出話で盛り上がった。
「僕はあの頃、全く右も左も分からなかったんだ。君には本当に世話になったよ…あの時は本当に死ぬかと思った…」
有名工芸師からの紹介状を持ってパリへ渡ってすぐの頃、和也が下町の道に迷っていた時にナイフを持った数人の強盗に襲われかけているのを、通り掛かった金森が助けたのであった。学生時代ボクシングをやっていた金森は、素早い身のこなしで強盗達にパンチを打ち込み、敵わないと思った強盗達は散り散り逃げ去ったのである。
この出来事から、パリへ渡り和也を見守る事になったと、金森の空いたグラスにワインを注ぎつつ大久保が付け加えた。
奇遇な事に、和也も金森も同じ師匠から工芸を学ぶ為パリへ渡ったばかりであったのだ。 言うまでもなく、二人は同じ釜の飯を食う無二の親友となっていった。来る日も来る日も師匠に付き修行を重ね5年間を共に過ごしたのである。
琴絵はその食事会で見聞きした事を記憶を探りながら事細かく話した。
希夢は、琴絵の話を聞くほどに、金森に対して抱いていた強い疑念が揺らいで仕方なくなっていた。
「琴絵おねえちゃん、金森さんって良い人なの?」
希夢は、思わず訊ねていた。
「もちろん、良い人よ?希夢ちゃんの事も、すっごく可愛がっていたのよ?」
「ただ、和也さんを凄く羨んでいた事は確かね〜。なにせご両親が飛び抜けてセレブで、金銭的には何の不自由も無かったから…。それに比べて金森さんはとても貧しかったわ…。でもね、裕福だった和也さんにも悩みはあったのよ?」琴絵は話を続けた。
料理もデザートに差し掛かり、皆ワインの酔いもすっかり回った頃…和也が普段に無く大きな声で喋り出した。
「金森君!あの師匠は母がお金で雇っていたようなもんなんだよ…!僕が修行を卒業できたのはね…実力じゃない。お金の力さ!」和也は悪酔いしたかのように言葉を吐き捨てた。
「何を言ってるんだ!俺とは違ってお前には才能がある!だからこそ、展覧会でも金賞とれたんじゃないか!自信を持てよ!」
金森は強い口調で和也に言った。
「5年間共に修行した歳月を経て、二人の友情と信頼関係はすごく強いものになっていたのよ…。その後、金森さんはね…Golden Forestってブランドを立ち上げて大成功したのよ…。和也さんは細々と工房を経営しながら、めぐみさんとボランティア活動ばかりしてたけどね…」
「だからね…あなたのお父さんが亡くなったのと、金森さんは無関係だと思うのよ」
それならば、どうしてわざわざ俺を探し出し、あんな大金を渡したのだろう?
希夢の中では、それでも拭い切れない引っ掛かりがあった。
「難しい顔してるわね〜希夢ちゃん!」
琴絵が話を中断して言った。
「え…!?あ…ごめんなさい…実は大金を貰ったんです。金森さんに…それが引っ掛かっていて…」
「そうだったの…金森さん、和也さんには相当借りを感じてるのよ…ブランドを立ち上げる時だって金森さん…和也さんから随分技術を学んでいたそうよ。毎日のように通っていたんだって」
「ほら、ハンバーグまた冷めちゃったでしょ?早く食べて今日は休んだら?」
「はい…有難うございます」
希夢はやっと食事に手を付けた。
隣では時々顔を上げ話を聞いていた美琴がちょうど食事を終え、
「ごちそうさま」と手を合わせていた。
「食べ終わったら、二人ともこっちに食器さげて来てね」
対面キッチンで後片付けを始めた琴絵が顔を出して言った。
「それと美琴、あなたの部屋に布団入れといたから、敷いてあげて〜。希夢ちゃん、ソファーじゃ休まらないでしょ?」
「は〜い」
美琴は嬉しそうに食器をさげると、部屋に走った。
「あの…」困った希夢が言いかけると…
「嫌じゃ無いでしょ?美琴は見ての通り喜んでるわよ?」
と、にっこりしながら言った。
布団を敷いて戻って来た美琴が、希夢の腕を引っ張る。
「お布団敷いたわよ。来て!」
美琴の部屋には奥の窓際にシングルベッドがあり、その隣の床に綺麗に並べ布団が敷かれていた。
「あ、パジャマに着替えるから、向こう向いていてね」
部屋に入ったばかりの希夢は美琴の言葉にハッとして、閉めたドアの方に向き直った。
そこへドアが開いて…ゴツ!!ドアに向かい立っていた希夢の頭に直撃した。
「あれ?…あ〜ごめんなさい!」
琴絵が希夢にパジャマを持って来たのだ。
「これダンナのだけど…着てね。シャワーも遠慮なく使っていいのよ?」
「すみません」
額をさすりながら受け取った。
「希夢…大丈夫?あはは」
着替え途中の美琴が笑う。
それにつられ、希夢も琴絵も笑った。
「それじゃ、おやすみなさい」
琴絵が手を振りドアを閉めた。
「おやすみなさい」
希夢と美琴がハモるように返す。
もう一度ドアが開いて琴絵が顔を出し、
「仲良いわね…」と、にっこり微笑んだ。
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