第10話

 まさに渡りに舟だった為、希夢も美琴も驚いたが、真実が分かるかも知れないという期待もあり、大久保に案内されるままに屋敷内へと入って行った。


 大きな玄関から、長い廊下が真っ直ぐ伸びている。二人は玄関から程近い部屋に案内された…客間のようである。大久保はドアを開けると真っ白な手袋を着けた手をすっと差し出し、中へと促しながら言った。


「このお屋敷は、和也坊っちゃんが亡くなり、のぞみ様と貴方様が出て行かれてから、誰も住んではございませんでした…なので私、時折風通しと、お掃除に来させて頂いておりました。なので残念ながら、ここにはお出しするお茶の一つもございません。…が…あまりに懐かしい故、少しお話を…」


「父さんの話ですね!?是非、聞かせてください!その為にこの地に戻って来たんです!」

 

大久保はゆっくりと頷いた。


 希夢と美琴の二人は椅子を引かれた席にそれぞれ着き、大久保もテーブルを挟みその向かいの席に座った。


「お似合いのカップルでいらっしゃる」

それぞれ二人の顔を見ると、にこやかに微笑んだ。

「さて…」大久保はテーブルの上で両手を組み置くと話し始めた。


「和也様は、お父上であるご主人様が手広く貿易商をされていた事もあり、何不自由なくお育ちになられました。が…奥様にはとても反発なさっていました」


 希夢も美琴もじっと大久保の話に耳を傾ける。


 忙しい主人が家にいる事はほとんど無くそれ故、母は和也の教育に没頭していた。家庭教師を幾人も付け、普通教科の他、ピアノ、バイオリンにチェロ…常に傍らに立ち監視した。そこに和也の安らぎは無かった。そしていつしか、和也は母を避けるようになったのだった。


「和也様は、よく奥様の目を盗んではご主人様の部屋に隠れていたものです」


 その部屋には、和也の父親が輸入した高級家具の他、棚には様々な高級雑貨が整然と置かれていた。目を上に向け記憶を辿りつつ大久保は続けた。


「和也様が安らげる場所は、そこだけだったのでしょう…。ああ、雑貨のオルゴールを聴聴こうとネジを回してしまい、鳴りだしてしまったメロディーで居場所を奥様に見付かってしまった事もございました」


「そして和也様は高校を卒業すると間もなく、海外で物作りを学びたいと、半ば逃げるように単身フランスに行かれたのです。」


「奥様もたった一人のご子息を遠く海外へやるのはご心配だったのでしょう…強いご希望で、当時私もフランスに赴き和也様のご様子を伺い、ご報告申し上げていたのです。」


「フランスに渡られた和也様にはすぐにご友人もでき、共に有名な師匠様に付き、修行に励んでおられましたが…3年も経つと奥様は痺れを切らし、和也様に帰って来るようにと催促をされるようになったのです」


「私も奥様に、師匠様に早く修行を終えるようにと、賄賂まいないまで持たされました。和也様は、何でもお金で解決しようとする、そんな奥様の事をつくづく嫌っておいででした」


「5年が経ち修行を終え日本に帰った際には、奥様は和也様の為にこの屋敷を用意し、ご主人様が経営している貿易会社の関連企業である会社社長のご令嬢とのお見合いをお申し付けになりました」


「しかし、和也様は奥様の進めるご縁談をお断りになられ、のぞみ様とのご結婚をされたのでございます。のぞみ様には身寄りがなく、奥様はその結婚には猛反対でいらっしゃいましたが、和也様は一向にお聞き入れにならず結婚式も挙げないままに、のぞみ様をめとられたのでございます」


 「それから一年後、お産まれになったのが希夢お坊っちゃん、あなた様なのです」


 希夢は母親に聞かされている事と、知らなかった事、共にじっと大久保を見つめ、黙ってうなづきながら聞き入っていたが…


「あの、お訊きしたい事があります」

と、初めて口を開いた。


「はい!私が存じている事でしたら、何でもお答え致します」大久保は身を乗り出し

希夢を真っ直ぐ見た。


「希望石という物をご存知ですか?それと、金森という人物…いったいどのような人物なのですか?」


「希望石…?は、初耳ですが…金森様は当時、和也様が亡くなるまでは、よくこちらに来られておりました。先程お話し申し上げた和也様のご友人です…そしてあの日、和也様が工房でお亡くなりになっているのを、最初に見つけられたのも金森様でございました」


 希夢の顔色がサッと変わった。


「金森様が旦那様のお亡くなりになられた事と、何か関係があるとお思いですか…?」大久保が希夢の顔色を察した。


 希夢は下唇を噛み下を向く。


「警察の方も当初は金森様を容疑者として、捜査しているようでしたが、証拠は何もなく釈放されています」


 あの時、東京で俺に一千万円を置いていったのは、贖罪しょくざいのつもりだったのか?!希夢の猜疑心は高まり、心にはやり場のない怒りが込み上げて来ていた。隣に座る美琴は、そっと希夢の膝に手を置いて横顔を悲しそうに見詰めた。


 希夢はもう一度、大久保に顔を向ける。

「大久保さん、父の工房を見せて下さい。なにか手がかりがあるかも知れない」


 大久保はうなづき

「今日はもう遅くなりました。合鍵をお渡し致しますので、日を改めてお越しになられてはいかがでしょう」と言った。


 希夢は大久保から、銀の輪に通された鍵の束を受け取ると、渋々ながらそれに応じた。

「今日は有難うございました。また、お話を聞かせてください」

と丁寧にお辞儀をした。隣で美琴も、ピッタリ同じタイミングでお辞儀をした。


 屋敷の玄関を出ると、もう陽はとっぷり暮れ、真ん丸な月が東の空に光っている。

希夢は屋敷の隣の工房を名残惜しそうに見たが、美琴に促され大久保の方に向き直った。

 「では、失礼します」


 「今度はお食事もご用意しておきますので、ゆっくりお越しになって下さい」

 大久保はにっこり微笑み言った。



 門扉を出る二人を、少し離れた車の中から見ている金森がいた…そして、その後方にはそれを見張る覆面パトカーの中の人影があった。





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