第9話

トントントン…

懐かしい音…


何かを刻む包丁が、まな板を打つ音である。


希夢は、深い眠りの底から浮き上がるような感覚で目覚めた。


対面のキッチンで、美琴と琴絵が並んでいる。


「あ〜起きたの?今、夕食の仕度してるから、ゆっくりしてて〜」と琴絵。

美琴は、隣で玉ねぎの皮むきに奮闘している。


壁の鳩時計は丁度午後4時を指し、ポッポ〜ポッポ〜ポッポ〜ポッポ〜扉から出て来た鳩が羽を動かし鳴いた。


希夢はそれを見てソファーから飛び起きた。希夢は次の日の一日をほぼ寝て過ごしてしまったのだ。


「しまった!」希夢は頭をボリボリ掻きながら、寝過ごしたことを後悔した。


「希夢、すっごく良く寝てたし連休初日だから起こさなかったけど…、もしかして起こした方がよかった?」

美琴は玉ねぎの皮むきの手を止めソファーに座る希夢に歩み寄った。


「琴絵おねえちゃん、俺、ちょっとだけ出かけてきます!」


「あたしも!」玄関に進む希夢を美琴が追う。


「早く戻るのよ〜!」

琴絵の声に

「うん!分かったあ〜」と美琴

階段を降り通りに出ると、淡く夕焼けの空が広がる。


早足で進む希夢を美琴が小走りで追う。

「ちょっと待ってよ〜」


希夢はチラッと振り返り

「あの写真の金森って人、誰だっけ?」


やっと追い付き、希夢の腕を掴む美琴。

「あたしも良く知らないんだけど…和也おじさんの親友だとか聞いた〜」


父さんの親友…?

「母さんいわく、スイスで一緒に修行した仲なんだって〜」と美琴が付け足した。


「そうなんだ…俺の知らない事だらけだなぁ〜全く…」腕を捕まれ並んで歩く。


 しばらくすると工房のある屋敷が見えてきた。

「何とか入れないものかな…」


 大きな鉄の門扉の前まで来ると、中で草刈りをしている老人が見えてきた。

 希夢と美琴が門扉の前で立ち止まると、それに気付き、手を止め向き直ってじっと二人の方を見ている。


「あのお〜!すみません…」希夢が声をかける…が早いかどうかのところで、向こうから近付いて来た。


「希夢坊っちゃん…ではありませんか?!和也坊っちゃんのお子の!」


「あ…はい…」希夢は、美琴と顔を見合せ不思議顔をした。


「和也坊っちゃん…あ、いえ…あなたのお父様に生き写しでいらっしゃる…」

老人は目を潤ませて言った。


「失礼しました。わたくし、河上家にて長年執事をさせて頂いている大久保と申します」河上は希夢の苗字みょうじだ。


「訪ねて来られたのですね!?どうぞ、ここはあなたのお家です」


 巻きつけられた鎖の南京錠が外され、門扉が開かれた。

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