第7話
23時間余りをかけ、ようやく小樽に着いた。もうすっかり夜だ…
辺りを見回しながら記憶を確認しつつ歩く。そして、希夢がかつて暮らしていた町並みに差し掛かった。その時だった…
「希夢~っ!?」
聞き覚えのある女性の声。
体当たりされるんじゃないかと思う程の勢いで駆け寄ってきた。
「希夢じゃないの〜!!どうしてたの!?」
随分大人の女性にはなっていたが、幼馴染の
「あ…ああ、ひさしぶり」圧倒され、後ずさりしたが、別れも告げず上京した後ろめたさもあり、照れくさそうに笑うほか希夢には成すすべはなく、懐かしい町並みを眺めながら二人並んで歩いた。
美琴は、希夢より1つ年上の幼馴染だ。美琴の母が若い頃から務める児童養護施設に自立までの間、住んでいたのが希夢の母親であった。それぞれ結婚し美琴や希夢が生れた後も、ボランティア活動を通して家族ぐるみの付き合いをしていたのだ。そして、美琴もまた幼い頃父親を亡くしており、同じ境遇の二人は姉弟のように育ったのである。
「あれから15年よね?どこで何をしていたの?母さんと二人すっごく心配してたんだから…」
美琴が横を歩く希夢を斜めに見上げながらふくれっ面をした。
「まあ…色々とね」
希夢は、東京での15年をまだ話す気にはなれなかった。
「どうしても確かめたい事があって、帰って来たんだ…」
「そう…こっちに長くはいないの?」そう言い美琴は寂しげにうつむいた。
希夢と美琴は、丁度さしかかった公園に入った。幼い頃、一緒によく遊んだ公園である。周囲に植えられた咲き始めの桜が街灯の灯りに浮かび上がっている。希夢はベンチに大きなショルダーバッグを置くと、中から母親の形見であるあの宝石箱を取り出し美琴に見せた。
「あ、これ…のぞみさんの宝石箱だよね!昔、見せてもらったの覚えてる」
小さな頃から美琴は、希夢の母をのぞみさんと、名前で呼んでいた。美琴の母がそう呼ぶのを真似ていたのだ。
宝石箱の蓋にある楕円形の穴の淵をなぞりながら希夢は続けた。
「昨日、母さんの夢を見たんだよ…。母さんは、父さんが自殺したって警察の言う事を疑ってた。僕はこの宝石箱が、父さんの死に深く関わっていると思えるんだ…」
「そう…それを調べる為に帰って来たのね!?」
「うん、死んだ母さんも、それを望んでる気がして…」
美琴は宝石箱を持つ希夢の手に自分の温かな手を添えると、目をじっと見詰めて言った。「あたしも手伝う!手伝わせて!」
希夢はこの地を離れてから感ずることの無かった温もりに、胸が熱くなり空を見上げた。桜の枝が、まだ冷たい春の夜風に揺れている。
「黙って居なくなって…心配かけて、ごめん…」
「いいのよ…辛かったでしょう?」
美琴は目に涙をため、希夢の腕に手をやりぐっと力を込めた。
うつむく希夢の頬にも涙が伝っていた。
希夢が弱さを誰かに見せたのは、これが初めてだった。東京へ出て15年間、心を許せる人間は一人も居なかったのである。
「泊まる所、決めてるの?家に来て!母さんも喜ぶから!」
涙を人差し指で拭いながら、にっこりと美琴は微笑んだ。
「うん!そうさせてもらうよ!」
「させてもらうなんて、水臭いじゃない!」
二人はやっと笑いあった。
「まず、その大っきなショルダーバッグを何とかしないとね…身動き取れないでしょ?」希夢が家に来る事になったのが、余程嬉しいようで、歩き出した足取りも軽く3歩ばかり前を歩く美琴。早速家に向かう事を希夢に促す。
「せかすなってば〜」
二人の気持ちは学生時代、一緒に通学していた頃に戻っていた。
5分ほど歩くと、希夢が3才の頃まで住んでいた家の門が見えてきた。工房もある大きな洋風の屋敷である。格子の門扉にはグルグルと鎖が巻かれ、古びた南京錠が掛かっていて敷地にはびっしりと雑草が生えていた。それは長く人が立入って無いことを物語っていた。
希夢は門扉前を通り過ぎるまで月明かりに照らされた工房に見入っていた。
(あそこに手掛かりがあるかも知れない)そう思っていると…
「そう…あそこが気になるのね…明日、行ってみましょ?」
希夢の前を歩く美琴が、後ろ歩きで言った。
「ミコは、俺の事何でもお見通しだなぁ〜」
小さな頃から一つ年上の美琴は、常に希夢の事を気に掛けていた。
「久しぶりに、その呼び方!」
美琴は持っていたハンドバッグをグルグルまわして笑った。
「さ、今日は帰りましょ!?母さんの驚く顔が早く見たいし」
「ちょ…引っ張るなよ~」
「いいから、いいから!まずは旅の疲れを取ってからよ」
美琴は、希夢の腕を引っ張り、希夢も疲れていた事もあって諦めたふうに従った。程なく美琴とその母の住む賃貸マンションに辿り着き、ドアの前で美琴はバッグの中の鍵を探っていた。
後に続いていた希夢は、少し前からどこからか視線を感じ、その不気味さに周囲が気になって仕方がなかった。
カチャ…美琴がドアを開ける。
「母さん、ただいまあ〜」
「さ、入って」
キョロキョロしている希夢に促す。
奥からパタパタと近づくスリッパの音。
「おかえりなさ…!…希夢ちゃん!?」
「ただいま!
希夢は昔から、美琴の母をこう呼んでいた。いや、こう呼ばされていた。
「びっくりしたぁ〜!どうしてたの?元気なの?何処にいたの?いつ?どうして美琴と?」と、溢れ出す質問。
「母さん質問攻めね…まずは休ませてあげて」
美琴と希夢は、顔を見合せ笑った。
通りの向いで、黒塗りのベンツのウインドウを少し下ろし、マンションを見る男がいた。希夢に希望石の情報を聞きに来たあの男…金森である。白髪混じりの髭をもみあげからびっしり蓄え、サングラス越しに部屋の辺りを見ている。
金森はスーツの内ポケットから、慎重にハンカチに包んだ物を取り出した。
…あの希望石である。
あの時と違うのは、汚れを取り綺麗に磨かれている事。黒光りした表面には、内部から玉虫色の鮮やかな光を放ち、角度を変える毎にその光は揺らめくように変化した。
金森は、再びハンカチに希望石を包み、丁寧に内ポケットに仕舞い込むと、車のエンジンをかけ、ゆっくりとその場を走り去った。
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