第6話

 男は夜行列車の車窓から、ゆらゆら飛ぶホタルのような夜景の光を見つめていた。そして、あの夢から蘇った過去の記憶を辿っていた。

 

 優しい目をして話す母親…今、思えばとても淋しげだったように思える。


 いつも宝石箱を開けオルゴールが流れる中、話して聞かされた…

希夢のぞむちゃん…お父さんはね…、とても腕の良い工芸師だったのよ。この宝石箱も、あなたのお父さんが作ったの…凄く素敵でしよ?」

 

 父親がある日突然居なくなってしまってからは特に、この話を何度も聞かされた。しかし、父親がなぜ突然居なくなってしまったのか、何処へ行ってしまったのかは、その時は母から聞かされることはなかった。

 

 母親が病に倒れたのは、希夢のぞむが高校を卒業して間もない頃だった…検査を受けた時にはすでに手遅れの末期がんだったのだ。

 病床で母親は初めて父親が居なくなった訳を希夢に話した。

「希夢、あなたにはね…話さずにおこうと思ってたの…でもね…いつか他人から耳に入るのも…と思ったの…だから…」


「ああ…無理して話さなくていいよ」

 母は自身の命が幾ばくも無いことを自覚して話そうとしている。希夢にはそれがよく分かっていた。だからこそ話そうとする母を止めた。


しかし母は「いいえ…伝えておきたいの」そう言って続けた。

「お父さんね…お父さんは、遠くに行ったんじゃなくて亡くなったの」


 車窓の夜景に、赤く点滅する踏切が高い音から低い音となり遠ざかっていく…


 母親の告白はそれで終わりではなかった。


 父親の亡くなり方が普通と違っていた為、警察の鑑識が入り、その後遺体は父親の実家に引き取られた。そして希夢の母親は葬儀の出席さえ許されなかったのだ。反対を押し切り結婚してしまったのが理由であった。弔いの間、当時3才の希夢の手を引き何度も訪ねたが、門前払いだったという。


「警察の方は、自殺とおっしゃっていたの…でも私には信じられない…あの人が、私達を置いて自ら命を断ったなんて…母さんは、今でも信じていないわ…あなたのお父さんは、そんな人じゃないのよ…?」


「分かったよ、母さん…分かってるから…」希夢はうつむき、そう答えるのがやっとだった。


 その後間もなく母は亡くなり、父の実家から養子に迎えるという話も来たが、希夢は父の実家の母に対する仕打ちが許せず、自暴自棄になり東京へと逃げるように旅立ったのだった。


 あれから15年…忘れる為だけに費やした15年…なぜ今になって思い出したのだろう…?あのと呼ばれる石と宝石箱のが、希夢を父親の死の真相へと駆り立てていた。


 盛岡に差しかかる頃には、車窓の景色は朝焼けに染まり始めていた。


 希夢の父親は若い頃、単身スイスに渡り時計の技術を学び、その後フランスに渡ると木工、彫金に至るまで装飾工芸の修行を経て、故郷である小樽に帰郷すると自らの工房を持った。母親はそこで行われたボランティア講習会で初めて父親と出会ったのだ。母親はモノ作りの楽しさを知って工房へ通うようになり、二人は自然と惹かれ合っていった。…故郷に近づくにつれ、希夢の脳裏に母親が話していた事が、少しずつ霧が晴れるように蘇ってきていた。


 長い青函トンネルを経て14:00、函館にてこれまで乗車していた“ゆうづる2号”から“ニセコ3号”に乗り換え小樽に向かう。デッキの窓からは木々が見え、時折その切れ間から海が見える。道内に入ると長い月日が一気に戻る感覚をおぼえていた。



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