第2話

 男は古びた木造アパートの一室に暮らしている。ここに来て何年が経つのか、そんな記憶を辿ることさえ既に無くなっていた。


 職は点々とし、今朝も、生きる為の金を稼ぐ…ただそれだけの目的で、面接会場へ向かう仕度をしていた。


 ヨレヨレのワイシャツにジャケット、擦り切れてシミの付いたネクタイ。面接に合格するはずも無かった。知っていながら、そんな毎日を半ば無意識に過ごしていた。


 時計がわりに点けていたテレビから、元気なMCの声がする。

 「なんと、これを手にした人達は、ことごとく大富豪に!?これが奇跡の石、希望石です!」


 何気なく聞いていた男はネクタイをいじりながら、ちらりと画面に目をやった。そして、二度見した。

 

 「え〜っ!!こ…これは!!」

 その番組では、数日前の夜に街灯の脇で男が手に取った、あの玉虫色に光を放つ石の写真が紹介されていた。その石を持つ者には、なぜか大金が流れ込むといわれ、元所有者には名だたる富豪の名前が連なっていた。そして、その石は現在行方不明だという。


 男はいじっていたネクタイもそのままに、目をキョロキョロさせ数日前のあの場所の記憶を必至にさかのぼっていた。そしてとうとう居ても立ってもいられなくなり、部屋を飛び出して、あの石を投げ捨てた場所へと駆け出していた。


 あの石さえあれば、今の貧乏生活ともおさらば出来る!その思いと、どうしてあの時石をポケットに仕舞い込まなかったか!?という後悔の念が気持ちを焦らせ、男はその場所へと息が切れんばかりに走り続けていた。


 




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