4章:彼女は、どこまでも「条約」を守るロボットで
9話:コンサート前日
「ロゼは、あと1週間で活動停止するんだ」
父さんは、そう言った。
僕と視線を合わせて。料理長みたいに、両肩を掴んで。
「……嘘」
ロゼは相変わらず、崩れてしまった書類を戻そうと地面に膝をついて整理している。
彼女が止まる?そんなわけないじゃないか。
「嘘じゃない。3週間前、彼女から胸の宝石にヒビが入ったとの報告を受けたんだ」
「……嘘だ」
「もう、屋敷のみんなが知っている。シャロン、お前に黙っていようと言ったのは私なんだ」
「……なんで。僕だけ……」
「お前が、ロゼを慕ってるからだよ。言い出しにかかったんだ。許してほしい」
「……なんで?なんでヒビが入ったの?」
「……シャロン」
視界が歪む。父さんの顔が見えない。
ロゼはどこにいった?全然見えないよ。
「あと1週間程度だ。1週間、彼女と一緒にいてあげてほしい」
「……ロゼ、ロゼ。どこ?どこにいるの?」
「坊ちゃん、ここにいますよ」
ロゼは、すぐ僕の身体を包んでくれた。僕は、それを振り解けない。
「なんで黙ってたの?」
「坊ちゃんが悲しむと思い。私は、ヒューマノイドですよ。旦那様の言葉は絶対です。それに、人間に危害が及ぶことはできないようプログラムされていますので」
「……ロゼ。ロゼ」
「坊ちゃん、悲しまないでください。契約違反で、路頭に迷ってしまいます」
「……嫌だ」
「坊ちゃん、坊ちゃん。私は、坊ちゃんがこんなに大きくなるまでこのお屋敷に居られたことを誇りに思っております」
「だったら、ずっといてよ……。いてよ、ねえ。ロゼ」
返事はない。
僕が顔を上げてロゼを見ると、そこにはいつもと変わらない表情をした彼女が、なぜか少しだけ困ったような顔をしてこっちを見ている。
それを見た僕は、父さんの前なのに声を上げてしばらく泣いた。
***
コンサート前日。僕は、ピアノに向かっていた。
『坊ちゃん。私は、嘘をつきません。必ず、コンサートで坊ちゃんの演奏をこの目と耳に焼き付けます』
彼女は、そう約束してくれた。その日まで持つ保証はないのに。でも、僕は彼女を信じる。ロゼは、僕の演奏を聴いてくれるんだ。大きなコンサート会場で。
「よし」
失敗は、許されない。僕が許さない。
僕は頬を両手で叩き気合を入れ、練習に入る。
あの後、なんで食事をすると嘘をついたのか聞いてみた。すると、「食事をする、としか言っておりません。私の食事はオイルなので、嘘ではないですよ」と言われてしまう。たしかに、たしかにそうなんだけど……。間違ってはいないから、僕はなにも言えず。
なんなら、笑ってしまった。いつもの彼女と変わらないから。
それに、「味はわかりませんが、チーズのくにゅっとした食感は好きです。毎回、坊ちゃんの夕飯で余ったものをいただいていました」と話してくれた。
もっと早く聞けばよかった。もっと、早く……。
「坊ちゃん!お昼ですよ」
「わああ!!!」
びっくりした!
ロゼが扉をバーンと開けて入ってきた。びっくりしたよ、もう!
「あ、ありがとう。今行きます」
「はい!冷めますのでお早めに!」
「今日は何?」
「秘密です!早く来ないと、旦那様に食べられてしまいますよ」
「嫌だ!すぐ行く!」
ということは、ミネストローネか。父さんは、ミネストローネとパンが大好物だ。
僕は、急いでピアノに布をかぶせて蓋をする。その間、ロゼは換気をすべく窓を開けていっていた。そのテキパキとした動きは、今日明日で止まるヒューマノイドの動きではない。しかし、
『突然だったんだ。胸の宝石が砕け散って、それきり。あっけなかった』
アーロンの言葉が、脳裏に残っている。
今この瞬間も、彼女が止まってしまう可能性は否定できない。すごく怖いよ。
「ほら、坊ちゃん!私が食べちゃいますよ!」
「あ、ダメだって!食べます!食べるから!」
「ならお急ぎください。私の方が先にダイニングへ到着したら、前菜に添えてあるチーズをいただいちゃいますからね!」
「ダメ!」
辛い顔をしていたのだろう。ロゼは、いつも通り茶化してくる。
僕は、その言葉で音楽室を飛び出した。
「コラ、坊ちゃん!廊下は走るものではありません!」
「はい!」
いつもと、変わらない。
だから、きっと明日も変わらない。
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