3話:小さな疑惑はチーズより些細なこと
「……ふう」
ロゼが音楽室をピカピカにしすぎて、次の週に来たミハエル先生を驚かしてから1週間。
つまり、あと2週間でコンサートが始まる。曲も決まり、あとは練習するのみ。最近は、父さんに頼んでいつもより音楽室 (ピカピカすぎていまだに目が痛い)にいる時間を長くして練習をしている。父さんは、コンサートへの出演を大喜びしてくれた。父さんとロゼのためにも、頑張らないと!
とはいえ、ピアノばかりやっている訳にも行かない。
「今日もお稽古たくさんしたなあ」
今日は、週3回ある剣術と2週に1回あるイタリア語講座、週1回あるフランス語講座に臨時で入った情勢に関する勉強会がスケジュールされていた。
ずっと座学だったから、今終わった剣術がいつもよりずっと楽しかった。
やっと全てのスケジュールをこなし、部屋に戻る時。厨房を通り過ぎると、とても良い香りがする。
「……シチュー?」
好物だから、すぐにわかった。
それは、ヤギのミルクで作ったチーズを入れ込んだ、アルバート家伝統の味らしい。他の家のシチューを食べたことがない僕には、これしかわからない。普通のシチューってどんな味なんだ?
「こんにちは、今日はシチューですか?」
僕は、そう言って厨房を覗く。
すると、そこにはメイド長と料理長、ロゼがいた。
ロゼ以外、とても驚いた顔をして僕の方を向いてきた。え、どうしたの?
「あら、シャロンお坊ちゃん!」
「こんにちは、坊ちゃん。お稽古お疲れ様でした」
「ありがとうございます。なんの話をしてたんですか?」
「……えっと」
いつもハキハキと話すメイド長が、なんだか歯切れの悪い声を出している。どうしたのだろうか。
すると、
「あらまあお坊ちゃん!汗がすごいですよ。そのままにしておくと風邪を引かれてしまいます」
ロゼが声を張ってくる。不自然だ。
「……別に、このくらい」
「ダメです!坊ちゃんが風邪を引けば、私が旦那様に怒られるのです。怒られたらどうなるかわかりますか?」
「……怒られると、シュンてする」
「いいえ!大人はシュンとするだけではありません!お給金が減るのです!!」
「……っぷ。なにそれ」
「お給金が減れば、私の夕飯の鹿肉が1枚ずつ消え、チーズが1センチずつ薄くなっていきます。坊ちゃんは、私を飢え死にさせたいのですか?」
「そんなことないよ」
ああ、もうどうでも良いや。それより、笑いすぎてお腹が痛い。
ロゼは、政治家が演説をするように拳をふるって力説してくる。
彼女はロボットだけど、ちゃんとご飯を食べないと動かなくなっちゃうって言ってたな。鹿肉はともかくチーズが1センチ減るの、僕も嫌。
「では、シャワーを浴びて新しいお洋服にお着替えしましょう。お手伝いさせていただきます」
「……お願いします」
僕は、ロゼに促されながらメイド長と料理長に頭を下げて厨房を後にする。今日が、シチューだとわかっただけ収穫だ。
それよりも、ロゼのチーズを守るため早く着替えないと。
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