1章:いつもの日常

1話:それが僕たちの日常



 僕は、自分の名前が好きじゃない。

「シャロン」なんて、女につける名前じゃないか。

 どうせ、女が産まれると思ってそれを用意してたんだろう?ごめんよ、男が産まれてきて!


「……っ!」


 なんだか、朝から目覚めが悪い。

 なんの夢を見ていたのか覚えていないが、唐突に自分の名前が気に食わなくなって飛び起きた。

 だって!シャロンだよ?シャロン!森がなんだって言うんだよ!!

 僕は、アルバート家の後継者!立派な男だ!


「おはようございます」


 自分でもよくわからない怒りでどうしようもなくベッドの上にいると、すぐにロゼが部屋に入ってきた。

 彼女は、僕専用の使用人。深緑に近いウェーブ髪を結え、無表情でこちらを見ている。今流行りのヒューマノイド型メイドで、片親なことを気にした父さんが僕のために手に入れてくれたらしい。ぴっちりとシワひとつないメイド服で、いつも側にいてくれる。

 僕の母さんは、僕を産んですぐに息を引き取った。もちろん、僕は覚えているはずもなく写真でしか見たことがない。

 でも、ロゼがいるから寂しくはないよ。だって、


「おはよう、ロゼ」

「なんだか、ご気分が優れなさそうですが。ご朝食内容を見直して参りますか?」

「いいよ。なんだか、変な夢を見たんだ。もう大丈夫」

「なんと!では、霊媒師をお呼びして」

「いや、そこまでは」

「霊媒師は何人がよろしいでしょうか。とりあえず、この部屋を埋め尽くすように10名以上は」

「大丈夫だって!」


 ほら、彼女は面白い。

 こんな冗談を、真顔で言うんだ。僕の怒りなんか、すぐに飛んでいってしまうよ。


「左様ですか。では、本日は午前中にピアノのお稽古、午後には剣術のお稽古のご予定がございます」

「……やっぱり呼んでもらおうかな、霊媒師」

「ふふ。さあ!お着替えして朝食をお召し上がりください。こちら、本日のお洋服になります」

「ありがとう、ロゼ」


 今日は、剣術があるためか動きやすい服装だ。彼女は、そういうことによく気づく。きっと、僕ならいつも通りの正装を選んでいただろう。

 今までは、ロゼが着替えも手伝ってくれていた。しかし、もう14歳。自分でなんでもできないと、アルバート家の当主になんかなれる訳が無い。

 僕がそう言って彼女の手伝いを拒絶したのは、10歳の時。それはそれはもう一大事だった。

 拒絶されたロゼは、顔を真っ青にして泣き崩れた。と思いきや、自分の何がいけなかったのか、直すところはないか、それはもう鬼のような剣幕になって攻め寄り僕をいろんな意味で困らせた。今となっては、良い思い出だ。うん。


「今日の朝ご飯は?」

「エッグベネディクトに、キッパー、ベイクドビーンズをまとめたワンプレートを用意しております。お飲物は、坊ちゃんの好きなブラッドオレンジを」


 彼女は、僕の好みを熟知している。きっと、父さんよりも。

 ああ。別に、父さんに不満はない。だって、僕の父さんはアルバート家の当主。そこらへんのお気楽貴族と違って、皇帝と一緒に政権の立て直しもしているスーパー当主!忙しくて当たり前だ。今はまだ難しいけど、政治や貿易の勉強は毎日している。いつか、父さんの手伝いができる日が来るといいな。


「ありがとう!今日の稽古も頑張れそうだよ」

「……いいえ。私は、坊ちゃんのためにここに居る存在ですから。なんでもおっしゃってくださいね」


 暗い顔をしてしまったみたい。ロゼは、そう言って元気付けてくれた。

 やっぱり、彼女は僕のことを一番よくわかっている。


「では、朝食を用意して参ります」

「お願い!」

「ふふ。坊ちゃんが礼儀正しい方で、私も嬉しゅうございます」


 そう言って、彼女は部屋から出て行ってしまう。

 さてと、シャワーを一浴びして着替えよう!今日も、忙しい日になりそうだ。



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