彼女が吐いた優しい嘘は、僕の心に突き刺さる

細木あすか

プロローグ

時計の針は進み続ける



「……そうか」

「はい」

「…………そうか」

「はい」


 仕事が始まる前。明け方、まだ外が薄暗く肌寒さの残る時間帯のことでした。

 旦那様は、私の発言に口を挟まず耳を傾けてくださいました。全てを話し終え身支度を整えていると、同じ言葉を繰り返しながら目の前にあったソファに腰を下ろしてなんだか難しそうな顔をしています。何か、まずいことでも言ったのでしょうか。


「……シャロンには、どうしようか」

「旦那様のご都合に合わせます」

「……ロゼはどうしたい?」


 私は、この大きなお屋敷でメイドとして働かせていただいております。それ以前の記憶はありません。ここで旦那様とシャロンお坊ちゃんにご挨拶をしたのが、最初の記憶です。大きなお屋敷に驚き足を取られ転んでしまったのは、今となっては良い思い出ということにしておきましょう。


「旦那様のご都合に合わせます」

「……ロゼ。私は、君に聞いたんだよ」

「私は、旦那様のご契約の元ここに立っていられます」

「シャロンは、君のことを母親同然に気に入っている」

「旦那様とのご契約書類に、そのような項目はございませんでした」

「……ぷっ、ははは!やはり、君は私の妻によく似ている」


 旦那様の奥様は、シャロンお坊ちゃんを産んですぐに他界されたと伺っております。元々身体が弱かったそうで、覚悟はしていたようです。お屋敷に来て1週間程度経った頃、耳にしました。

 しかし、旦那様の言葉は言い過ぎな気がします。奥様は、とても聡明な方とメイド長からも毎日のようにお聞きします。もう、崇拝レベルです。私を、そんな立派な方と並べないでくださいまし。


「なんだか、とても惜しい気持ちだよ」

「そう言っていただけるだけで、私は幸せ者です」

「……シャロンには、もう少し黙っていよう」

「かしこまりました、旦那様」

「……ロゼ」

「はい」

「……休暇をとっても良いからね」

「それは、クビと言うことでしょうか」

「いやいや、そんなことしたらシャロンから口を聞いてもらえなくなる。そうじゃない。君だって、自分の時間が欲しいだろう」

「いいえ。私は、服を着たり身体を洗ったりする時間だけあれば大丈夫です」

「そうか。では、いつも通り屋敷の管理をお願いするよ」

「かしこまりました、旦那様」


 そう。

 私は、ヒューマノイド。

 見た目は人間そのものですが、中身は人のために造られ人のために働くロボットというものです。

 動力は、胸に宿る赤い宝石。自慢ではありませんが、どんな美術品と比べても劣らない輝きを持っていると自負しています。……今朝までは。


「本日は、来客が1件。坊ちゃんは、ピアノと剣術のお稽古が午前と午後に分かれて予定されております」


 この身体が錆びて動かなくなるまで、私はこの心優しい旦那様とシャロンお坊ちゃんの元で働かせていただきます。


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