雨上がりのなないろ

七緒やえ

プロローグ

プロローグ:純白にて.b

 あなたのことが好きだと気がついたのは、いつのことだっけ。

 何気なく、ふとした瞬間に気がついた。胸の中に広がるあたたかい気持ちに。ちくりと痛む気持ちに。

 まだ、恋とか愛とか、曖昧な気持ちがなにもわからなかった頃の幼い私。7年も前のこと。もう、7年も経つんだ。

 あなたと家族になってから、7年。早いようで短い。あっという間の時間だった。


 純白に包まれた室内。まるで、私たちだけが色を持っているみたい。

 純白のドレスと黒のスーツ。正反対の色。

 思えば、私たちは正反対だった。

 黒い髪のあなたと茶色い髪をした私。

 つり目のあなたとたれ目な私。

 背の高いあなたと背の低い私。

 堂々としているあなたと臆病な私。

 それでもみんな、『似ている』と言ってくれた。

 本当のではないのに。


 窓の外は雨。ざあざあと降り続いている。

 まだまだやみそうにない。こんなにすてきな日なのに、どうしてこんなに土砂降りなのだろう。

 やっぱり私は雨女なのかもしれない。

 思い返せば、大切な日はいつも雨のような気がする。でも、あなたと出会った日は晴れていたね。


 鏡台の前に座り、ぽーっと窓の外を見ていると、視界の端であなたがにこりと笑ったことに気がつく。つられて私もほほ笑む。視線を移せば慈しむような笑顔をしたあなた。

 きれいな笑顔をしているんだね。その笑顔がきっと、きっかけだったのかな。



亜子あこ、……綺麗だな」



 急にそんなことを言うものだから、はにかんでしまう。いつもはそんなこと言ってくれないのに。いじわるな人。

 なにも言えずにいると、あなたはからかうように笑う。唇の端から八重歯がちらりと覗いた。

 大きな手が伸びてきて、ぽんぽんと私の髪を撫でていく。



「髪、伸びたなあ」

いちくんは伸びないね?」

「短い方が楽だし。長いと変だろ?」

「そだね。その髪型、好きだよ」



 ほんとうはね、全部好き、だけれど。


 ドレスの裾を持ち、ゆっくりと立ち上がれば座ったあなたと目線の高さが近づく。

 壊れてしまわないように慎重に。私の心の中で息をし続ける気持ちと一緒にあなたの頭を包んで。つんつんとした髪を撫でる。

 手触りが好きだから撫でるの、といつも言い訳をしてしまう。頭のいいあなただから、もしかしたら気がついているのかもしれないけれど。それでも、大人しく撫でられてくれる。いじわるだけれど、やさしい人。

 ずっと撫でていると、突然彼の頭が高いところへ行ってしまった。

 頭ひとつ分上。自然と見上げる形になってしまう。もしかして、また身長が伸びたのだろうか。あなたばかりずるい。私はちっとも変わらないのに。

 腕が伸びてきて、ぽん、と頭の上に手が乗った。すぐ子ども扱いするんだから。私だってもう、立派な大人なんだよ。

 むくれて見上げると、悲しそうな、寂しそうな、複雑な顔をしていた。

 どうして? そんな顔をするの?

 不思議に思っていると、いつの間にかあなたの腕に抱き寄せられていた。

 広い胸の中に埋まる。とくんとくんと、生きている音がする。穏やかな音。



「亜子は小さいな」

「好きで小さいんじゃないもん」



 頬をふくらませて見上げれば「ごめんな」と笑いながら謝るあなたの悪い癖。先ほどの表情は見間違いだったのかな。いつものあなたの笑顔をしていた。

 その笑顔についついなんでも許しちゃうこと、知っているんでしょう?


 しばらく、胸の中でじっとして。

 あなたの広くて恰好いい背中に手を回して。

 あなたの誇り――素敵な誇り――を撫でた。


 それからあなたは思い出したように口を開く。



「髪、三つ編みにしてあげようか」

「うん」

「じっとしてろよ」



 くしで梳かれるだけでもふわふわとした気分になる。

 きっと、好きだから?

 あたたかい脳内麻薬というものがいっぱい出てるのかな?

 それに堪らなくなって、



「あのね、壱くん」

「ん」

「好きだよ」

「なにが」



 ぎゅ、と。喉の奥から溢れ出そうな言葉を飲み込んで。喉の奥が熱い。ひりひりとする。気を抜けば、溢れてしまう。それは言ってはいけないこと。

 おなかのなかに、しまっておかなくてはいけないこと。



「三つ編み」

「……ははっ」



 ずっとずっと好きだよ、壱くん。

 だって、私の初恋の人だから。


 でも――今日でお別れだね。


 これは、私のはじめての恋と、さようならをするまでのお話。壱くんと私が家族になるまでのお話。


 出会いは7年前。

 よく晴れた日のことでした――

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