第4話 二つめの配達
一軒目の配達先で、なんとか受領印を受け取った僕は、次の配達先へと急いだ。この後で時間指定配達があるから、のんびりとはしていられない。
僕はペダルを漕ぐ脚に力を入れる。腿が痛くなってきた。相変わらず、後ろの箱は重い。しかもだらだらとした上り坂が続く。
僕は立ち漕ぎをして、ペダルに全体重を乗せながら、この前の受け取り拒否のお客さんが思い浮かんだ。
今、後ろに載せているような、重すぎる
その人は、送り主の名前を聞いただけで、首を横に振ってドアを閉めてしまった。仕方ないので、送り主まで返却をしに行ったのだが――
「すいません、受け取り拒否だったんですけど……」
「ああ、留守だったんだ」
「え? いや、そうじゃなく……」
「平日は忙しいかと思って、週末にしたんだけど、出掛けちゃってたかな……」
「いえ、在宅で、家にいらして、その上で受け取りを……」
「平日の遅めの時間って、何時まで配達してもらえるんですか?」
受け取り拒否で、そのまま返品されたということを認識できないのか、トボけているのか、とにかく、こういう人はこちらが何を言っても
後日、カスタマー・サポート部に所属する専門家が、送り主の元へ、説明と返品に行くのだ。
こういうお客さんを経験すると、想いを伝えるって大変だなぁ、と思う。
いつも彼らのことを羨む気持ちが沸き起こると、こういうお客さんを思い出すようにしている。大変さだってあるんだから、と。
それでも――
おっと、ぼんやりしていると、通り過ぎてしまうところだ。
住所と名前を確認。佐藤さん。うん、ずいぶん古くて小さい家だけど、ここだ。間違いない。
荷台の箱から、ずっしりした
「お届けものでーす!」
はーい、という声が奥から聞こえる。
「Uber Hearts《ウーバーハーツ》です。お届けものに上がりました」
少し間があって、ドアが開くと、かなり年配の、とても上品そうなお婆さんが出て来た。
「あら、何かしら?」
「えーと、柏台病院の……佐藤伊知郎さんから、
「ええ? 伊知郎さんから……」
僕は、お婆さんに重いですよ、と声をかけて手渡そうとしたけれど、ちょっと持つのが難しそうだったので、玄関の框の上に置いてあげた。
お婆さんは、僕の前で箱を開けた。
そこには、鈍く輝く……そう、こういうのをいぶし銀というのだろうか、とてもどっしりして奥深くから輝きを放つ
「うわあ、とても綺麗ですね」
僕は思わず、声を上げた。
「伊知郎さんね、昨日、亡くなったのよ。ずっと具合が悪かったのだけど、私も体の調子が悪くて、お見舞いになかなか行くことができなくてね。いっそ、夫婦揃って、同じ病院の同じ病室に入院できればよかったのだけど、なかなかそうもいかなくてね……だからきっと、最期に贈ってくれたのね……これを……」
にっこりと僕に微笑みかけた、お婆さんの目には、うっすらと涙が光っている。
「届けてくれて、本当にありがとうね」
僕は、自転車に跨る前に、もう一度、お婆さんに軽く会釈した。
人が亡くなるのは悲しいことだけれど、せめて最期に大切な人に想いを届けることができてよかった。こういう瞬間は、本当に感動的だ。この仕事をやってよかったと思う。
お金や時間の自由さといった単純な条件の良さを別にして、これがあるから続けられる。体力的にキツくても、困ったお客さんが居ても、こういう時のお客さんの笑顔は、本当に僕にとって最高のものなんだ。
だって、こういうことは、僕に訪れることはないから。
恋愛なんて贅沢品は、僕には手の届かないものだ。
それだけじゃない。そもそも僕には、人から祝福されるような恋愛は訪れない。なぜなら、僕は――
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