第18話 「墜落、面会、因果」


 朝学活が終わって、授業が終わって、昼休みになった。その間、クラスの生徒たちが少し騒がしいことを感じていた。それは、この前、エジプトに隕石が落ちたというニュースにどうやら進展があったことが原因らしい。

 隕石は空中にて分裂したため、被害は最小限に抑えられたが、その破片の一部は未だに見つかってはいなかった。これは正式な発表ではないのだが、その一部に我々以外の別の文明を示唆する証拠が見つかったらしかったのだ。それはつまり地球外生命体ということなのだろう。僕はスピリチュアルだけではなくオカルトにも興味があったので、その話は散々調べ上げていた。

「なあ、どう思う。例の隕石について」

 悠人が、僕に話しかけた。

「どうって、進展があったんじゃない。これは願望だけど、宇宙人の存在が認められて、公になって、世界がひっくり返るような大発見になってくれないかな、と思うよね」

 僕は正直にそう答えた。

「そこなんだ。浩二くん。おかしいとは思わない? どうして公にはならない。今の科学者が宇宙人の存在を隠すとは思えないし、専門機関が見つけられなかった破片を民間人が見つけて、そこから宇宙人の存在を示唆する情報を見つけるなんて、ほとんど不可能だ。だから、これはあくまでも噂にすぎないんだ」

「現実主義なんだ。悠人」

「いや、あながちそうじゃなくてさ。俺たちは、オカルト側の人間だ。だからこういうロマンがある話、真偽が分からない話ばかりが耳に入るけど、よくよく考えると現実はもっと複雑なのかもしれない」

「確かにそうだね。もしかしたら、今回の隕石の件には、何もロマンが無いのかもしれない」

 僕は少しうつむいた。政府の公式発表が無いというのは、常識的に考えれば、そういう超常的な存在など、見つかっていないから。ということだ。

「俺は、昔、ずっと昔さ、ピラミッド作っていたんだよ。生まれる前」

「うん」

「何も考えずに、ただ仕事をするのは、なんだか瞑想をしているのと変わらないな、と思ったんだ。もちろん大勢で石を持っていたよ。コミュニケーションも大事だし、神輿みたいだった。現代の人が考えるありとあらゆる方法で石が運ばれた。巨大なカプセルに石をはめ込んでゴロゴロと転がしている人もいた。そんな時、ふと思うんだ……俺たちがここまでして頑張って積み上げてきたピラミッドに、今、隕石が落ちて、粉々になってくれたらいいのになぁ、ってね。あんなに、皆で頑張ったのに、それが一瞬で崩れ去って、呆然とする同士の顔はいったい、どんなだろう、って。そういう悪い想像をよくしたな」

「面白い思考だね。それで、今回、隕石が落ちてきたけど、残念ながらピラミッドはメチャクチャにはならなかったね」

「ああ、ならなかった」

 突然、横から「おい」という男子の声がした。小堀君だった。彼は僕たちのことを非常に白い目で見ながら、忠告するように深刻な表情でこう言った。

「悠人、オメェほんとうに、精神科に行ったほうがいいよ。いや、これガチで、統合失調症になっているのかもしれないし、なんかのストレスで幻覚を見始めているのかもしれない。ほんとに、近いうちに病院に行けよ」

 こんどは本当に心配しているようだった。

 前回は、僕らを辛辣に批判していたのだったが、いよいよ哀れむような目つきをして、真剣に病院を進めている。

「忠告ありがとう。でも、僕らの話には耳を傾けなくていいよ。トウシツは、伝染病じゃないから、誰かに移ったりしない」

 悠人はそう言って、微笑んだ。彼の瞳は悲しそうで、しかし同時に、勇気に満ちあふれてもいるような、そんな複雑な表情だった。

 そのとき昼休みが終わるチャイムが鳴った。僕は、悠人との話に夢中になっていたから、お弁当が半分も食べきれていなかった。

 小堀君は、僕らを横目に見ながら、自分の席に戻った。それを見て僕らも、自分の席に戻った。五時間目と、六時間目の授業を受けて、帰りの支度をした。


 駅のホームで電車を待っている間、僕は、お昼のお弁当を残したことを思い出してハッとした。母親に何か言われるのが面倒だったので、電車を待つ数分の間に平らげた。


 家に帰った。

 両親がいた。僕は愛想よく「ただいま」と言って部屋に入った。

 両親は、リビングにいた。テレビを見ながらイチャイチャしていた。母親は猫なで声を張り上げて、新しいお父さんに、いろいろと誉め言葉を浴びせていた。

 ラインを見た。昔のお父さんから「来週の連休、こっちに来られる? お不動さんがあるから、親戚みんな来るよ」と連絡があった。僕は無言で立ち上がって、リビングに向かった。

「…………お母さん」

 と僕は言う。返事が無かったので、僕はスマホの画面を母親に突きつけた。それをジッと見つめていた母親の表情がとたんに曇った。

「来週、向こうへ行くから」

 と、僕は言う。

「もっと早く言いなさいよ!」

 母親は言った。それまで温まっていた部屋の空気が、いきなり濁るのを感じた。それは、まるで、向こうからやって来た線香の煙の匂いのように、ゆっくりと、しかし非常に微細で複雑な粒子が、いつまでもその臭気を部屋に引き残しているみたいだった。

 それは、本当にびりびりとした嫌な空気だった。

 僕はもうこの家には居たくないと思う。

 怒りの感情が、いつまでも消えてくれなかった。

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