第16話 「スピリチュアルな話題」
家に帰った。両親がいた。僕は愛想よく「ただいま」と言ってすぐに部屋に閉じこもった。それで、ずっとスマホに集中していた。
その人は、どうやら僕と同い年の女の子のようだった。ツイッターのアイコンは、ガネーシャのイラストだったので、年上の男性かと思っていたから、同級生の女性だと分かってとても嬉しくなった。「どうしてアイコン、ガネーシャなの?」と聞いたら「知恵の神様だから、私もあやかろうと思ったの(笑)」と来た。それで僕らはすぐに仲良くなって、通話をするためにラインを交換した。そのラインのアイコンはカーリーだった。僕が「カーリーは血と殺戮の神様だよ」と伝えると「その剣で、私の弱い心を斬ってもらうの」と返事があった。「それは不動明王だよ」なーまーさーまん、だーばーさらなん、せんだーまーかろしゃーなんそわたや、うんたらたーかんまん。
これがご真言。
そのうち夕飯の時間になったので、僕はいったんスマホを置いた。夕食は両親と食卓を囲んだ。母親はテレビを見ながらけたたましく笑い声を上げている。
僕はこの後、その人と通話をする予定になっていたので、できるだけ早くご飯を食べ終わった。それから部屋に戻って、ドアの隙間にバスタオルを詰めた。音漏れさせないためである。机の椅子に座って、夢日記を用意した。
そろそろ電話が来るはずである。僕は期待に胸を膨らませた。
カーリーのアイコンから着信があった。イヤホンをつけて、電話に出た。「もしもし」
「こんにちは」
彼女の声を聞いたときにハッとした。それは夢の中に出てきた四本腕の少女の声とそっくりだったから、途端に脈拍が上がった。
しかし冷静に考えると、電話の時の音と言うのは、何パターンか決まった音から一番似た音声で再生されるという話を聞いたことがあったので、単に似ているというだけかも知れなかった。
僕は彼女と他愛のない話で盛り上がった。学校はどこか、どこに住んでいるのか、趣味は何か、という話だった。また、彼女のフルネームは、真下真理というらしい。
「真下さん」と僕が言うと「広野くん」と言ってくれた。彼女のかわいらしい声に最高に癒された。
「うーん。私が見た時は、青白い部屋の本棚に、石板っていう重要な書物があってさ、それでね、石板にはとっても重要なことが記されてあるんだって」
「面白いね、それ。実は僕も、本棚にあった書物を読んだんだ。人間の意識について、世界の根源について書かれてあった」
「それももしかしたら関係があるのかもしれないね」
僕は彼女の話を聞きながら、広げてあった夢日記に『石板』と書いた。
話題は思っていたよりも早く尽きた。僕らの間に数分の沈黙があった。でも気まずいとは思わなかった。真下さんのほうはどう思っているのか分からないが、少なくとも僕は、話を盛り上げなければならないとは思わないし、そのような感情はだいたい固定観念が生み出す妄想だと思っている。
「真下さん」と僕は声を掛けた。数秒の間があって、
「マリ、でいいよ」と答えてくれた。
「まり、ちゃん」
「なあに?」
「もしかして、ライトワーカー?」
「えっ…………知ってるの? もしかして、広野くん、知ってる人?」
その声色の変化を聞いて、僕の胸は高鳴った。『ライトワーカー』という単語を知っていて、かつこの反応をするというのは、少なくともスピリチュアルをかじったことがある人だと思った。それで、その予想が当たっているのか確かめたくて、
「気づきの体験はあった?」と聞いた。
「あった!」
はじけるように、弾むように、彼女は言った。嬉しそうな表情だった。だから僕は確信した。彼女はこちら側の人間だ、と。
スピリチュアルには専門的な用語がたくさん使われる。
とくに『宇宙』とか『意識』とか『魂』など多く使われる。また、『アセンション』や『大いなる存在』とかいう意味不明な単語が頻発するので、普通の人間が我々の話に耳を傾けるとかなり怪しむ。怪しくて危険な宗教だから、だまされないように、と言う。
僕が思う限り、ほんとうにスピリチュアルが好きな人はとても純粋だ。純粋すぎてたまに突拍子もないようなことを言う。
例えばこの前、悠人と話したこと。人類を滅亡させて、白紙に戻したい。とか、世の中には良いも悪いもない、ジャッジするのは常に人間だ、とか。そういう話をしていると、だいたい皆、あまりいい顔はしない。どんどん『普通』の世界と『こちら側』の世界との距離が離れていく。その大きい距離のために我々は、悪事を働いたわけではないのに白い目で見られる。だから僕の周りには、そういう話に抵抗が無い人たちでしか集まらない。類は友を呼ぶ、というのはこの為だ。もちろんそれは僕らにとって長所でもあり短所でもある。優れた点になりうるし、同時に欠点にもなりうる。賛否両論があるのは当然のことだと思うし、僕らを批判する人と、侃々諤々の議論をしようなどとは思わない。
「それって、どんな気づきだった?」僕は話を続けたくて彼女に問いかける。
「あのね、時間って実は存在しないんだよ。私たちがいつも時計を見て時間を気にしているんだけどね、本当は過去も未来もないの。ぜんぶ今、この瞬間の連続なんだよ。だから、過去に起きたことも、これから起こることも、ぜんぶ今この瞬間に収束するの」
「確かに、そうだよね、本当に。二十一世紀になった現代でも、未だにニュートンの絶対時間を信仰している人が多いこと」言って僕は、自分でも少し話が飛躍したかなと感じた。
「時間は、どこにいても、みんな平等に過ぎる」
彼女は、何かを確認するようにそう言った。
僕は、彼女の声のあどけなさからは想像がつかないほど、博識な子だと思った。
「そう。でも、実際、時間は、平等には過ぎない。少なくとも今の科学では、相対性が主張されている」
「相対性理論でしょ。私、あれって、物理学っていうより……スピリチュアルの領域だと思うの」
「なぜ、そう思ったの?」
「アインシュタイン? だっけ、あれって地球にいる人と宇宙船に乗っている人とで時間の進み方が違うっていうことでしょ。観測者によって現実が異なる、見ている人によって真実が変わってくるっていうのは、スピリチュアルの考え方に通じるなあって、思ったの」
「そう。真実は一つじゃない。観測者によって現実が異なるっていうのは、もう物理学で証明されていることなんだ」
言いながら僕は思う。似たようなことを悠人と話したよな、と。それで自分たちが見ているものが真実だと主張して人々は争う。とてもナンセンスじゃないか。
それからまた、僕らの間に沈黙があった。数分の後「風呂落ちする」と彼女は言って通話は一度、中断された。去り際に「またお喋りしよう? 数十分後だよ!」と言ってくれたので、ワクワク感が止まらなかった。そして僕も風呂に入った。
通話が再開されたとき、今度は本題の「夢について」の話になった。僕が夢の中で読んでいた本の内容を大まかに話すと、
「それ、明らかにニューエイジじゃん!」と笑っていた。本の内容は途中まで丸暗記していたので、それを自慢したくなった。
「最初の一文、実は暗記しているんだ。それでね、『トーマヨが『鉄の稲妻』を開発し、現代に至るまでの十年間。どれほどの地上の民が高次元へとシフトできたのであろうか。』から文章が始まるんだ」
と僕は言ってみせた。すこし引かれたんじゃないかと思って、心配になったが、彼女のほうも同じように言った。
「私も暗唱できるよ? いい?」
「もちろん、聞かせてもらおうか」
「えっとね…………人は、かつて鬼だった。二本の角を生やし、牙があり、凶悪で、血も涙も無い最悪の種族だった。」
「面白いね、それ」
と僕は言う。
「まだあるよ……しかしある日、一匹の鬼が服を着た。その服は小柄で、角も無く牙も持たない貧弱な姿だった。鬼たちはその服を「人」と名付けた。かくして「人」は鬼の世界に広まった。現代は、「人」の脱ぎ方を知らない鬼たちで溢れている。」
彼女は言い終えて、ふふふと笑った。
「これね、夢に現れた帽子の男が貸してくれた本なんだ。それに書かれてあった文章なの。不思議だったからつい暗記しちゃったんだ」
「性悪説のようだね」
「ね、本当にね。あっ。それとタイトルも覚えているのよ」
「どんなだった?」
「アセンデンド叙事詩……だって」
「それは、アセンションの意かね」
「だと思う」
このような話をしばらく続けた。
それから彼女は群馬県に住んでいるということだったので、まあ会えない距離ではないよね、という話にもなった。僕も昔、群馬県に住んでいたんだよ。というと彼女はすごく嬉しそうだった。おいでよ! と言われたので、そのうちね、と僕は言った。今すぐにという訳ではない。いつか会えたらいいね、という話だった。そのあと僕は夢日記の写真を彼女に送り、彼女はアセンデンド叙事詩の内容を書いた紙の写真を送ってくれた。
文明がどのように発達したか、というのが書かれてある。メモ書き程度だったから詳細は分からない。けれどそこから察するに、僕が夢に見た世界は、少なくともこの現実世界じゃない。たぶん異世界か何かなのだ。その秘密を解明することは、例の少女の秘密を解明することにも等しいと思う。
「……なんか君には親近感が湧くなあ。もうどこかで会っている気がするんだ」
僕がそう言ってみると、彼女は照れた様子になって「うふふ」と笑った。
「私も」
真理と出会ったのはほぼ奇跡だと思った。
僕はこの奇跡をエミさんや悠人に伝えなくてはならないという、得体の知れない使命感に駆られてすぐ行動した。ラインで新しくグループを作ったのだった。名前は『スピリチュアル』アイコンはガネーシャにしてみた。
僕と真理と悠人とエミさんの四人のグループだ。今後、このグループは自分たちの気づきや、精神世界の追及のための活動の場となるだろう。そう考えると胸が躍った。
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