第6話 「既存の新興宗教」
「……それ、ほとんど既存の宗教団体の悪行のせいだよ」
サラリとした髪の毛と、整った顔立ちの少年が入ってきた。悠人である。彼は相変わらず素晴らしいオーラを放っている。佇まい、と言うべきか、雰囲気、と言うべきかとにかく芸能人に多いそれがあった。
「おかえりー」
と、エミさんが言う。
「母さん。また呼んだの?」
悠人は僕を見ながら言って、背負っていたアコギを床に置いた。ドスン。
「……久しぶり。浩二くん」
「おう。久しぶり」
僕らはそんな挨拶を交わす。悠人はテーブルの端に置いてあったクリスタルに目を向けながら「クリスタル欲しくないの?」と言った。
「聞いていたんだ。僕らの話」
「玄関先で少しね、話を遮っちゃいけないかな、と思って」
「親切だね」と僕は言う。それで、ある出来事を思い出したので、彼らに話すことにした。
「パワーストーンのパワーって、その正体は何なんだろうって考えたことがあるんです」
僕が話し始めると、エミさんが興味深そうに「ほうほう」と言ってこちらを見た。少々長い話になるんだよな、と思ったけど、最後まで話そうと思った。
「小学生のとき、僕は帰り道を友達と一緒に歩いていたんです。充留くんと言います。ふと何を思ったのか彼は突然、道に落ちていた石を拾って、じゃあ、これお守り。って僕にくれたんです。本当に何の変哲もないただの石ころでした。でも、その石を捨てることはできなくて、今でも机の中に大切に保管してあるんですよね。だって、なんか捨てるの勿体ないじゃないですか、一緒に思い出まで捨てるようで。今でも、その石を見ると勇気をもらえるようなんですよね。何の力か分かりません。でもパワーってそういうものなのかな、って思うんです。パワーストーンだから、とか実はあんまり関係ないんじゃないかなって思うんです」
僕が話し終えると、
「いいねえ。そういう話。俺は好きだよ。そういう小さい頃の思い出話」
と称賛してくれた。
また、エミさんは「ハハハ」と笑いながら、クリスタルを親指と人差し指でチョイとつまんだ。
「はい。じゃあ、これお守り」
と僕に渡してくれた。
「ありがとうございます」
僕が言って、辺りに笑いが起こった。僕はそのクリスタルをジッっと見つめた。あまりにも透明で、あまりにも透き通っていた。
たとえば透明の水の中に黒い絵の具を一滴でも垂らしてしまえば、その水の全体が黒く荒んでしまいそうな危うさがあった。
純粋なものほど、外部の腐敗には敏感で、時にはその清らかさを損なってしまう。
どこまでも透明で美しいものには色が無い。色が無いから存在しないも等しい。
それからエミさんがジェイソンウィンターズティーを入れてテーブルに置いてくれた。
「はい。どうぞ」
悠人はそれをためらうことなく、喉に流し込んだ。
「ジェイソンティーですか? それ」
僕は、お茶のパッケージに描かれた男性の顔に目を向けながらそう聞いた。
「そう。瞑想をするときや、引き寄せの法則を使うときに飲むのね」
「あれ、マルチなんじゃないですか?」
「えー。マルチじゃないよぉ」
と、エミさんは反論する。そして僕らの会話を聞いた悠人が「ハハハハ」と大きな口を開けて笑った。それからお茶のパッケージを手に取りながら、
「確かに、素人が見ると怪しいハーブに見えるかもしれない。でもこれは合法」
とわざとらしく僕に言い寄った。
「ちょっとヤメテよぉー」
エミさんは、後ろの座椅子の背もたれに体を寄りかけて、参りました、と言わんばかりの仕草をした。
「いただきます」
僕は言った。
「はい。いただいてください!」
僕はそのお茶を飲んで、ふうーっと一息ついた。それから悠人を見て、
「そういえば、音楽の調子はどう?」
「そのことなんだ。浩二くん。俺は音楽を仕事にしようって決めたよ」
「さすがぁ」
音楽を仕事にする。決して簡単なことではないが、彼ならできるような気がする。音楽への純粋な興味や好奇心、追及心が彼にはある。
いや誰だってそうだけど、彼はそれを心の深い所で理解しているような気がする。
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