第5話 「ともだち」
僕はそれから三十分の間、外をぶらぶら散歩して時間をつぶすことにした。
高校もこの近くだったので、いつも悠人の家に行くときは定期が使えて便利である。
葛飾区亀有で一番有名なものといえばやはり『こち亀』の両さんだ。僕は亀有駅まで戻っていって、ベンチに優雅に腰かけている両さん像の横に並んで、自販機で買ったモンスターエナジーを飲んだ。どうやら僕の体はカフェインが大好きみたいで、ついたくさん飲んでしまう。
ちなみにモンエナに描かれたあの怪獣の爪痕のようなロゴは、オカルト界隈で悪魔の数字666を表しているとされる。
まあ確かにあれだけのカフェインや添加物が入っていれば体には良くないのだろう。そろそろ三十分くらいなので、僕は帰りがてら自販機のゴミ箱に空き缶を捨てて、試験ヒーリングを受けに彼の家へ向かった。
702号室に着くとすぐにお香の匂いがした。
エミさんが焚いているのである。この階だけ香りが違うので、まるでエミさんの霊格を表しているようだな、と感じた。
僕は玄関に立ってチャイムを鳴らす。中からエミさんが出てきて迎えてくれる。
「いらっしゃーい」
「おじゃまします」
部屋に入るとより一層、お香の匂を強く感じる。明かりは豆電球のささやかな明かりだけで薄暗く、辺りをオレンジ色に照らしている。
壁には曼荼羅や、マグダラのマリア様や、シヴァ神の絵画が飾られていて、その下の台にパワーストーンの数々があった。
「アメジストドームを置かれたんですね」
僕はパワーストーンの山の中でいっそう目立つ青紫色の置物を指さしてそういった。
「そうなの! いいでしょ」
嬉しそうに自慢するエミさんを見て、この人は本当にスピリチュアルが好きなんだな、と感じる。そこに欲望や悪意はなく、ただ夢中に遊ぶ子供のように、精神世界を追及しているのだった。
初めてこの場所に来た時のことをよく覚えている。僕は悠人に導かれて、ここへ来た。
ちょうどその頃は、スピリチュアル業界の人たちが「次元上昇」とか「アセンション」とかの話題で盛り上がっていて、僕もそのブームに乗っかって様々な人たちと交流をし、話題を集めた。
母親からは、そういうことをするのは危ないからやめなさい、と散々注意されたけど、僕にとっては何が危ないのか理解できなかった。事実、いまだかつて金を取られたり、どこかの怪しい宗教に入ることを進められたりなどは全くなかった。
「ねね、これ見て」
そう言ってエミさんが手渡してきたのはクリスタルだった。
向こう側が透けて見えるほど透明なその石は、界隈では「娑婆から悟りの境地へと移動する」という意味も含まれている。
「奇麗ですね」
「でしょでしょ。よかったらあげるよー」
「いえ。大丈夫です。僕には必要ない気がします」
僕は断った。本当に必要ない気もしたし、このパワーストーンに霊的な力を感じなかったからでもある。といっても、別に石の力を信じてない訳ではない。
僕が本当に信じているものは、自分自身の中にある感情と感覚、思考と頭脳のみだった。
だから、霊的な物質に関しては、その力がどれくらいなのか、おおよそは判断できた。俗に言う『霊感』というヤツかもしれない。
「えー。要らないの?」
「うーん。母親になんて言われるか分かりませんし……なんか、ウチの母親すごい心配症なんですよ。パワーストーンとかヒーリングとか瞑想っていう単語を聞くだけで、取り乱して、怪しい! とか、お金だけは取られないように、とか、挙句にはアンタのことを心配しているんでしょ! って。すごくうるさいんですよね」
その時、部屋の扉がガチャリと開いた。
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