第4話 「みそぎ」
朝早く日を浴びるというのは、どうも健康にいいらしい。風の匂いを感じて、生命の音を聞けるから精神的にすごく安らぐ。
また、部屋に戻ってからの読書がはかどるような気もする。それから朝ご飯を食べる。朝食の時間帯はあまり好きではなかった。
ご飯は白米とみそ汁と漬物という質素な内容で味は美味しいので良いのだけれど、
食卓は、母親と三年前にやってきた新しいお父さんとで囲むのだ。僕にとっては三人が揃うこの時間が少しばかり苦痛で、なるべく早く食べ終わるようにしている。たとえば、
母親はネットのコラム記事を見つけたらしく、
「ねぇ見て、見て、アナタ、バツイチ子持ちと結婚! 子供の教育費が心配、だってぇ、ねえ、アナタは大丈夫? アナタは大丈夫かしら?」
母親は、僕に聞こえるように大きな声で記事を読み上げる。
「大丈夫だよ! 僕は大丈夫だからね、心配しないでねぇ!」
と新しいお父さんは、母親の背中をさすった。それからベタベタくっつきあった。
「やっぱり、私……良い人と出会ったわぁ」
猫なで声を張り上げる母親を、新しいお父さんは、まだベタベタ触っている。
「ヤアダー」
母親はわざとらしく言う。僕は、彼らのことを眉間にしわを寄せながら見ていると、
「なんでそんな目をするのよ!」
と突然人が変わったように僕に当たってくる。僕の表情一つに過敏に反応してくる。
「……食事中なんだからさあ」
「いいでしょ! べつに!」
食卓にはピリピリとした雰囲気が漂う。会話は無かった。僕は食欲が消え失せて、白米を残さずに食べることに苦戦していた。新しいお父さんは、茶碗を流しに持って行く。
それから新しいお父さんは洗面所に行く。
シャカシャカと歯ブラシを加えたままリビングに戻ってきた。テレビを見るためである。食事をしている僕の横まで来てから、日課であるスクワットを始めた。
ワンツー、ワンツー、とリズムを刻んでスクワットをするたびに、僕の鼻の中に口臭と歯磨き粉が混じりあったひどい臭いが入り込んできて、それで、より一層、食欲がなくなった。
嫌悪感により、ギュっとまぶたを閉じると、その瞳の奥に、法衣を身にまとった最初の父親の姿が浮かんできた。それはとても優しい表情をしていた。
けど、浮気だ。
離婚した当初は苗字を変えることはなかったけど、母親が再婚した途端、苗字を変えることになってしまったから少し残念である。
実家は、高崎市にある魚地原寺という歴史ある寺院で、代々「魚地原」という苗字であり、僕のフルネームは「魚地原浩二」というものだった。
でも再婚して名前が「広野」になったから、僕の名前は「広野浩二」である。魚地原という苗字はけっこう気に入っていたから、名前が変わって少し残念だと思う。
しかしこの都会の高層マンションに住むことができるのも、今の父親のおかげである言えた。数年前までは、狭い家に二人で暮らしていた。僕は喉に白米を押し込んで、
「ごちそうさま」と無愛想に言うと、
このありがたい家から出て行って、さっそく悠人の家へと向かった。
彼が住む葛飾区亀有までは千代田線直通の常磐線を使う。
北千住を通るとき、たまに列車から物凄い異臭がすることがあるが気にしなかった。駅で降りてからは、桜の木が並ぶまっすぐな道を通る。花びらが全部落ちて少し寂しくなった道を歩き、大通りに出た所すぐにあるマンションが悠人の家だ。
歩きがてらビートルズの曲を聴いた。ユーチューブで掛けているからデータ通信量が心配だったが、悠人の家にはWi-Fiがあるからべつに気にしなかった。
今日は張り切っていたので、予定の時間より二時間も早く来てしまった。
インターフォンを鳴らすとすぐ悠人のお母さんが出た。
「こんにちは。エミさん。少し早いんですけど……」
「あー。いらっしゃーい。ごめん、禊がまだだから、あと三十分くらいまってね」
と、軽快な声色で彼女は言った。
「ミソギ、ですか?」
「清める為にシャワーを浴びるの!」
「なるほど」
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