第16話『飛揚跋扈③-ヒヨウバッコ-』
「というわけで、次は『あんりちゃん』さんを探せってことだね」
それに対して
荒瀬川。
先週の夜に暴漢に襲われる、か。
それに社会学部に付き合っている女性がいる。
……さっき忍び込んだ講義で、女子生徒がしていた噂とちょっと違うな。
彼女たちは、『事故』そして『学外のカノジョ』という話だった。
いやしかし、噂ってそういうものか。
確証はなく、ただ吹聴したい内容を広めるもの。
その話の真偽など関係ない。ただ聴く側と話す側が楽しければいいのだ。
「ちょっと状況の整理が必要だな」
顕人はそう言いながら、カバンからルーズリーフと筆記用具を出す。
そしてルーズリーフにさらさらと今日の出来事を書き出していく。
始まりは、室江に宛てられた三つのメモ用紙。
どれも内容としては室江を助けるものだった。
そこで可能性その一、『善人説』。
単に魂胆も利害もなく室江を助けたかったという可能性。
次に可能性その二、『ストーカー説』。
室江に好意があるものの、それに気が付いてもらえず気を引きたいがために彼の持ち物を盗んだが気が咎めたためメモ用紙を使って返却した。
この場合、犯人に一番近いのは、黒髪メガネの女子生徒、
彼女は恐らく自分が本来取っていない授業に参加し、室江を監視していた可能性がある。
室江が言うには、文学部二年生ということだが、同じ文学部である晴臣はそういう女子生徒はいないと断言した。
もしかしたら学部や学年だけでなく、名前も偽っているかもしれない。
「これに関しては、本当に、『田村八重子』って生徒がどの学部の生徒か調べないとな」
「となると……学生課?」
「学生課が、学生の個人情報を他の学生に漏らすか?」
「じゃあどうするつもり?」
「まあ、ダメ元で訊いてもいいけど、この時間じゃあ学生課もう閉まってるしな。行くなら明日だ」
「中隊に訊くってのはどう?」
「無理だろ。流石に学生自治会でも、全生徒の個人情報は把握してねえよ」
「そっかあ」
顕人の言葉に晴臣は肩を落とす。
でも、確かに学内公権力である、『サモエド管理中隊』を頼るのは一つの手でもある。学生課がダメなときは、函南に頼むのも有りだろう。
顕人はそんなことを考えながら次の可能性に進める。
可能性その三、『良心の呵責説』。
実は室江を目の敵にしている複数人のグループがいて、室江の持ち物を嫌がらせに盗んだ。しかしその中の誰かが室江に同情し持ち物を返した。だがそのことをグループ内に知られないようにメモ用紙をしようした。
これに関してまだ有力な容疑者はいない。
しかしこれら三つの可能性に共通して関わってくるのは先週起こった、無差別粉胡椒ふりかけ事件『ペッパーハプニング』だ。
どの可能性でも、犯人はこの事件の発生を予め知ることができたのだ。
その『ペッパーハプニング』の犯人として噂されているのが、社会学部四年のバスケ部所属の荒瀬川とその友人。
「でも本当に犯人か知りたいけど、その荒瀬川さんは今学校を休んでる」
「暴漢に鉄パイプで殴られたって話だけどどう思う?」
「新聞にも載ったんだろ? 襲われたって話は本当だろうけど、タイミング的に勘繰りたくなるな」
「勘繰る? 何を?」
顕人の『勘繰る』という言葉に晴臣は首を傾げた。
「相手は六人、しかも体格の良いヤツばっかり。鉄パイプ持ってるからって一人で行くか普通?」
「僕は素手でも勝つ自信あるけど?」
「ハルの話はどうでも良いよ。一般的な、普通の神経の人の話」
「何が一般的かなんてそもそも自分の中の価値観で測るものでしょう? 自分を基準に考えるものじゃないの? というか普通の神経の人は鉄パイプで誰かを襲ったりしないんじゃない?」
「うん、確かに」
晴臣の正論に顕人は素直に頷く。
いやしかし、そういう話ではないのだ。
「俺が言いたいのは、武器があるからと行って一対六の勝負は挑まないってことを言いたいんだよ」
「つまり?」
「犯人は元々荒瀬川さんたちに狙いを定めていた可能性がある。具体的にどういう事件だったか知らないけど、狙うなら一人で歩いている人や女性、子供の方が狙いやすい」
「理由は?」
「そんなの知るか。でもハルの話を聞いた感じじゃあ怨恨とかも有り得そうだな」
「怨恨……『ペッパーハプニング』の被害者とか?」
「無くはないだろうけど。でも言い方悪いけど、荒瀬川さんが通り魔に襲われたとかどうでもいい。怨恨なら尚更。身から出た錆だろ。俺たちは、室江先輩にメモ用紙を送ったヤツが知りたいだけだし。荒瀬川さんたちが『ペッパーハプニング』を仕掛けたとして、どのくらいの準備期間があってどの程度の人間がそれを知り得たか探る必要がある。その中にきっとメモ用紙の主がいるわけだし」
顕人はそう言いながら、ルーズリーフに今の話も書き出していく。
つまり、次の目的は『ペッパーハプニング』がいつ企まれたかを調べる。
首謀者と思しき荒瀬川に直接話を聞きに行くのは難しいから、やはり陸上部の西尾が言っていた荒瀬川の彼女と言われている『あんりちゃん』に話を聞くのが良いかもしれない。
「でも、この人も流石にもう帰ってるか」
「もう遅いしね」
「明日だな」
「明日いるかな? 土曜日だけど」
「あー、そっかあ」
土曜日に授業を入れていない生徒は意外と多い。
顕人と晴臣もそうだ。授業自体は入れようを思えば入れられるが、大抵の生徒は休みにしてしまう。
というか、二人は完全に失念していたことがある。
「そもそも大体の生徒は明日からゴールデンウイークじゃないか?」
顕人は思わず呟く。
その言葉に春の連休の存在を思い出した晴臣も目を剥く。
「うわあ、そうだ、忘れてた。だから宮センセー、僕たちに片付け押し付けたんだ。明日から休みだから」
忘れてた!
晴臣は思わず項垂れる。顕人もすっかり忘れていた。これじゃあ暫くはこの件を調べることができない。
「次、皆学校来るのが五月六日か。ダメだな、これは」
顕人はあっさりと言い切ると、まるで諦めたかのようにルーズリーフと筆記用具を片付けだす。
それを見ながら晴臣は渋い顔をする。
「ええ、これで終わり? 賭けは? マックの新作メニューは?」
「六日になってから考えるか。取り敢えず今日は図書館寄って終わりだな」
顕人はそう言うとカバンを持って立ち上がる。だけど晴臣は不思議そうに顕人を見るばかり。
「図書館? なんで?」
「いや、だって、先週の通り魔事件って新聞の地方記事に載ったんだろ? 一応概要知りたいから」
「あー、……でも図書館? なんで?」
「お前図書館使ったことないのか? あるだろ、新聞。最近じゃあデジタルだから大抵の新聞は見れるようになってんだぞ?」
「へえ! 最近凄いんだね!」
顕人は信じられないという顔で晴臣を見る。晴臣も信じられないという顔で顕人を見る。しかし今更何を行ってもしょうがないと悟って顕人はがくりと肩を落とす。
そんな顕人を余所に、晴臣はカバンを持ちトレーと皿を返却しにいく。
そしてさっさと食堂の入口の方へ歩いていき「早く行かないと図書館閉まるよ!」と叫ぶ。
まだ少しいた食堂の利用客の視線を集めてしまい、顕人は慌てて晴臣の元へ急いだ。
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