第五十六時限目

「もっかいする?(笑)」




「しない(笑)」




「つまんねぇ奴っ」




「うるさいっ!」





抱きつく拓にあたしも両手を回し、外から聞こえる生徒達の会話に耳を傾け始めた時…





「あ、この卒業証書と筒、ちょっと没収ね!」




「えっ!?な、何で!?」




「拓君を捕まえて下さい」




「何それっ!?あっ、ちょっと待ってよっ!!」





綺麗に丸められた卒業証書と、それを納める為の細長い筒。





「捕まえてって…あんた足速いんだから無理に決まってるでしょーっ!!」




悪餓鬼の笑顔で教室を走り去る拓の背中を、あたしは見失わない様懸命に後を追う。





(無理っ!距離を縮める事さえ出来ない…)




階段を掛け降りた所であたしは断念し、階段の傍にあった自動販売機でジュースを購入してからゆっくりと拓の教室へ戻った。



「菜緒と桂太君は何処に行ったんだろ…早く帰りたい」





拓のバックが置いてある机の椅子に腰を下ろし、未だ逃げ回っている拓の帰りを待つ。





(外も段々静かになって来たな…)





広く感じる教室に寂しさを覚え、あたしは菜緒にメールをしてみようと携帯を取り出した。





「…あれ?メール来てる」





あたしは画面を開き、メールの内容を確認した。





「拓じゃん…」




《お前の教室にいる》




「え、隣!?」




あたしは慌てて自分のクラスへと向かう。




「やぁ」




「呑気な事言ってないで早く返せっ!」




「結芽さん」




「何っ!?」




「これ、貰ってやって下さい」





両手で筒をあたしに差し出し、拓が深く頭を下げた。




「貰ってやって下さいって…」





あたしは筒の蓋を開け、証書と共に入っている1枚の用紙を発見した。





(ん?何だこれ…)






18年間生きて来た中で、初めて目にするもの…





「これ…」




「結婚しようぜ」






もう自分は子供じゃない。




あたしはいつから気付いていたのだろう…




幼すぎた心が




もう十分すぎる位に君しか見えていない事を…





「…本気?」




「俺のもんになれ」




「冗談じゃなくて?」




手に持つ婚姻届の紙が、あたしの気持ちを表すかの様に激しく揺れる。





「別に今すぐにじゃなくてもいい。結芽の看護学校が終了して俺が結芽のお母さんに認めて貰えてからでも…」



「拓はあたしでいいの!?」




「いいよ」




「だって結婚って一生一緒にいるんだよっ!?」





あまりにも突然すぎて



あまりにも嬉しすぎて



あたしの目から流れる涙は止まろうとしてくれない。





「お前、本当よく泣くな(笑)」




「だって…」




「結芽、ドアの上見てみろよ」




「上…?」





いつから出ていたのだろうか。




何に反射されて出来たのだろうか…




教室のドアの上には、小さな小さな虹があたし達の前に姿を現した。





「お前さ、4個の俺との約束覚えてる?」




「覚えてるよ?」





『辛い時は辛いって言う事』



『意地を張らずに素直になる事』



『人の好意は素直に受け取る事』




そして




『少しは拓に甘える事』…





「本当かよ!?」




「じゃあ全部言おうか!?」




「や、いい…実は俺が覚えて無かったりして」




「何だって!?」



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