第五十四時限目
『もう離れちゃダメだからね』
その一言がとても切なくて
でも嬉しくて…
「本当にありがとう…」
それしか言えなかった情けないあたしは、その後拓との交際が学年で公認の仲となり、ケンカをすれば
『兄弟ケンカ』
とクラスに広まり、逆に仲直りをすれば
『離婚回避』
等とはやし立てられ、何だかんだいってもあたしと拓の恋は沢山の人に守られ今日まで来た。
沢山の努力をして中学から高校へと入学して来る新しい1年生の代わりに、あたし達3年生は次のステップへと足を踏み出す。
この制服に袖を通すのも、パラパラ漫画を必死で書いたこの教科書ともこれでさよなら。
二度と戻る事の無いこの日を、あたし達卒業生は沢山の喜びと少しの悲しみを味わいながら、いざ、式が行われる体育館へと向かった。
「結芽っ!卒業しても遊ぼうね!」
式が始まる直前、タカがあたしの手を握り絞めながら言った。
「当たり前じゃん(笑)あれ、タカは就職だよね!?」
「うん、沢山服売っちゃうよっ!結芽は確か…」
あたしの小さい頃からの夢
『幼稚園の先生』
でも精神年齢が変わらないあたしには、きっと躾なんか出来ずに一緒に戯れて終わり。
つまりあたしも幼稚園児。
でも
もう一つだけ、密かになりたいと思っていた夢…
『看護師』
これこそ人の命を預かる仕事で勿論生半可な気持ちなんかじゃ絶対に務まらない仕事。
でも祖母の死を始め、拓のお父さんやお母さんの死で悲しみに暮れる人の想いに触れた時、そして年老いた祖父と年老いていくお母さんの背中を見た時…
自分の身内だけじゃなく、一つ一つの命をあたしに出来る範囲で助けてあげられたらなと思った。
『人の痛みをちゃんと分かってあげれる様に』
『人の死に慣れてしまわない様に』
病院に働きながら学校に通う事と決まったあたしは正直色々な不安もあったが、自分で決めた自分だけの道をがむしゃらに突き進もうと思った。
「あたしは看護師だよ…って何その険しい顔」
「えっ!?ううん(笑)結芽凄いなぁって…」
「何が?」
「だってあんなに赤点ばっかりだったのに…」
「人間やれば出来るんだね(笑)」
2人でクスクスと笑い合っていた時、あたしのブレザーの中で携帯が震えた。
(…メールだ)
あたしはメール画面を開き、内容を読んで思わず田村を見てしまった。
「結芽どうしたの?」
「……」
「結芽?」
「…ぶはっ!!(笑)」
「えっ、何!?」
受信名『拓』
内容…
《田村、前歯無し》
「タ、タカ…」
「何!?」
「田村がっ…一気におじいちゃんに…」
「は!?」
タカが慌てて田村に熱い視線を向けた後、周囲がビクつく程の笑い声を挙げた。
「ね、ねぇ結芽っ…」
「はいはい(笑)」
「何で歯が無いのっ…」
「さぁ…あ、また笑ったっ(笑)」
「ちょっと辞めてよ…」
あたしはお腹を抱えながら隣のクラスに並んでいるはずの拓へとメールを返信。
《あれ、どうしたの?》
《やっと乳歯が抜けたんじゃねぇの》
(嘘でしょ…(笑))
《可哀想だよね(笑)》
《歯、足元に転がってたりして》
「ちょっと…(笑)」
その後、拓は桂太君や菜緒にも全く同じメールを送ったらしく、式が始まった頃には大半の生徒が田村を見ては爆笑していた。
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