第五十三時限目
「拓っ、卒業式遅刻するってば!!」
「バ~カ、俺無しじゃ始まんねぇよ」
「菜緒も何か言ってよ!!」
「桂太、ほら…」
「こいつの相手してると遅刻するから(笑)」
3月1日。
天気にも恵まれ、陽気な日射しの中であたし達は今日高校生活最後の行事に向かう。
あたしと拓が富山から宮城へと帰ったあの日、福島駅まで出迎えてくれた和也さんは拓を見るなり涙しながら渾身の一撃を拓の頬にお見舞いした。
一緒にいたあたしは正直とても驚いたが、愛情があってこその鞭だと理解し、頑張ったねと頭を撫でてくれた菜緒と桂太君に素直に甘えた。
それからすぐ拓のお父さんのお墓に行き、あたし達全員で今までの出来事を報告。
勿論返事は無いし、言葉も交わす事は出来なかったけど拓だけはいつまでもお父さんのお墓から離れようとはしなかった。
拓の家に着き、拓の顔を見た美和さんは和也さん同様あかりちゃんを片腕で抱きながら頭に一撃。
『4人だけで話したいから』
そう美和さんに言われ席を外したあたし達は、その後に見た拓の真っ赤な目と真っ赤に腫れた右の頬を忘れる事は無いだろう。
どんな話をしたのかはあたし達には分からない。
でも、拓の穏やかな表情と、今まで口にした事の無い素直な『ごめんなさい』を聞いた時、本当に拓は松澤家の長男として受け入れる事が出来たのだと解釈した。
夏休みが終わる直前、あたしは霧島君と、拓は千沙ちゃんとそれぞれ会った。
いつもと変わらぬ笑顔であたしを出迎えてくれた霧島君は、あの時立ち合うはずだった仔猫を見せてくれ
『モコを宜しくね』
とだけ言い残し、特にゆっくり何かを話す訳でも無く別れた。
今思えば、それが霧島君にとって精一杯の行動だったのかもしれない。
彼の優しさは彼にしか表す事が出来ない温かい色で…
時には本当に頭に来る出来事もあったけど、てもそれを全部ひっくるめて『霧島伸斗』とゆう世界に1人しかいない人間だったのだと、あたしは霧島君に出会えた事に勝手ながらも感謝した。
拓と千沙ちゃんはどうだったのか…
あたしは敢えて聞かなかったし、拓もあたしに話そうとはしなかった。
ただ、夏休み明けに廊下で千沙ちゃんとすれ違った時、千沙ちゃんはあたしの名前を呼び笑顔で手を振ってくれた。
千沙ちゃんの恋を閉ざしてしまったあたし。
本来ならば無視されても全然当たり前のはず…
申し訳無い気持ちで千沙ちゃんの目を見れなかったあたしに、千沙ちゃんはすれ違う時そっと言葉を囁いてくれた。
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