第五十一自限目

「妹さんとはちゃんと話せたの?」





溢れた感情を涙に変えて表現してくれた拓は少し恥ずかしそうに立ち上がり、両手で顔を隠した。





「何やってんの?」




「俺の泣き顔見たらお前惚れんだろ」




「…アホくさ(笑」




「妹とはちゃんと話せたよ」




「どんな子だった!?」





腹違いと言えど、半分は拓と同じ血が流れている妹。




きっと一筋縄ではいかないタイプのはず…





「俺に全然似てねぇの」




「素直な子なんだね…」




「緊張しすぎて、俺の事『お姉ちゃん』って呼びやがった…」




「可愛いねっ(笑)」




「あいつは…これからどうすんだろうな」





小学生で、しかもこれから色々な面で思春期が訪れる時期で…




そんな大切な年頃に母親を無くしてしまった拓の妹。




今頼りに出来るのは、唯一お母さんの母親だけ…





「妹さんは何か言ってなかったの!?」



「言ってた」




「何て?」




「『お兄ちゃんがいるから寂しくないよ』って」




「そっか…」




「金貯めて逢いに来るってさ…」





戸惑いと嬉しさが半々の拓の顔がとても可愛くて、あたしは思わず吹き出してしまった。




「何だよいきなりっ…」




「必要とされてるじゃん!!」




「1人だけですけどね」




「またまたぁ…拓がいなくて寂しいって、あかりちゃんも泣いてたよ!?」




「嘘つけ」




「桂太君も菜緒も和也さんも美和さんも…そして千沙ちゃんもみんな拓が必要なんだよ」





『千沙』




その名前を聞き、拓の表情が変わる。





「あ…、俺さ」




「別れたんだって?」



「何で知ってんの!?」




「だって千沙ちゃんとバトルしたもん(笑)」



「リングに上がったのかよっ…!!」




「あ、でも多分和解したけどね」



公平じゃなきゃいけない気がした。




あたしだけが探してるんじゃない。




千沙ちゃんも拓を探してるんだよって




恋愛ってそんな簡単にふっきれるものじゃないんだよって




あたしは拓に知っておいて欲しかった。





「千沙…お前に何かした?」




「別に!?」




「あんなに綺麗な子振っちゃってさ…この罰当たりが」





髪を掻きむしる拓に、あたしはバックで軽く叩く。





「ちゃんと好きだったよ千沙の事」




「そっか」




「すげぇ支えてくれたし、いつも傍にいてくれたし」





『嫉妬したくない』




そう思いながらも、あたしの胸は圧迫された様に苦しくなる。





「今ならまだ間に合うよ」




「何が」




「千沙ちゃん。今ならまだ拓を受け止めてくれるよ」




(あたし何言ってんだろ…)





複雑な気持ちで顔がひきつり、上手く笑う事が出来ないあたし。



「おい結芽」




拓がたたんだ傘であたしをつつく。




「何」




「俺は千沙といて楽しかった」




「…良かったじゃん」



「でもさ…お前といると疲れるんだよね」




「……」





通り過ぎる人々の姿が一瞬にして滲む。





「…あっそ」




「お前の顔笑えるしさ、性格は腹立つし体型は可哀想で泣けて来るし…」




「……」




前ならきっと大喧嘩になってた。




殴って蹴り入れて、最後に追い駆け回して…



でも、今のあたしにはそんな気力さえ残っていなくて…





「千沙ちゃんと比べな…」




「でもさっきお前の顔を見た時、俺嬉しいと共に安心したんだよね」




「…え?」





拓へと視線を移し、瞬きをした瞬間涙が溢れあたしの視界はハッキリと拓の顔をとらえる。





「千沙に教えて貰ったよ」




「何を…?」




「楽しいだけじゃ恋愛出来ないって」



拓があたしの髪を掴み、グイッと引き寄せた。





「いたたっ…」




「俺こんな性格だしさ、実はかなりの弱虫だし」




「…うん」




「お前の事泣かせたり怒らせたりしか出来ないし」




「…本当そうだよ」





さよならなんだと思った。




遠回しに『俺じゃダメなんだ』って言われた気がして…




知らない街で、大きなお城を背景としてかっこよく別れられるなら…




笑ってさよなら出来ると思った。




(雨で良かったかも…)



あたしは傘をたたみ、目を閉じて腹をくくる。





「ごめんな…」




「…うん」




「やっぱ俺結芽じゃなきゃダメだわ」




「…は?」





顔を上げたその時




拓があたしの額にキスをくれた。





「泣くなよ」




「…ん?」




「何だよ!?」




「ゲームオーバーじゃないの!?」




「あ!?お前何言ってんの!?」





温かい感触が残る額に、次は拓の手によって軽い衝撃が走った。





「忘れられねぇの!!分かるっ!?大好きなのお前がっ!!」




「…さっぱり」




「お前、霧島が好きなのか!?」




「…バカじゃないの!?」




「あ、顔赤らめた」




「赤らめてないっ!!」





混乱と驚きを隠す為にあたしは拓の顔面めがけて汗ばんだ手を空に掲げた。





「きゃっ!!」




「お前は女かっ!!」




こにくたらしい拓の笑顔。




その笑顔が、まるで全てを見透かされてる様で恥ずかしくて…




こんなやり方でしか愛情表現を出せなかったあたしは、にやりと笑う拓の頭めがけて振り落とした。





「捕まえたっ!」




「なっ…」





振り落としたあたしの手を掴み、目を細めて勝ち誇ったように言い放つ。





「放せバカっ」


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