第五十時限目

「拓話聞いて!?」




「どうせあれだろ!?周りに促されて仕方無く来てやったって感じだろっ!!」




「違うよっ…!!」




「おじさんも情が熱いよなっ…、別に本当の子供が出来たんだから別にっ…」





冗談でも聞きたくなかった言葉。




拓は知らないから




和也さんが




いつもおちゃらけてるあの和也さんが、どんな表情であたしを富山に送り出したか…





「…あんた最低っ!」



とっさに出てしまった行動…




あたしは勢いよく拓の腹部に蹴りを入れてしまった。





「えっ…!?顔じゃないのっ!?」




「うるさいっ!!お前なんかにあたしの手は勿体無いわっ!!」




「ヒールが上手い具合にヒットした…」




強かった雨が小雨へと切り替わり、お腹を抑えて身を丸くした拓の顔を、今度はあたしが両手で力強く上へと上げた。



「さっきの言葉っ、本気だったら今度は傘で殴るよ!?」




「…ふんっ」




「本気!?嘘!?どっち!!」





富山城を目の前にしての大喧嘩は、きっと見物だったに違いない。




「分かんねぇよっ!」



「何でよっ!?」




「だって普通自分の本当の子供は可愛いに決まってんだろ!!」




「何言って…」




「俺分かんねぇんだよっ…、あかりが産まれたのに他人の俺がいていいのか…」




「でも拓は小さい時からずっとあの家の子なんだよ!?」




「…俺、思ったんだ」




ゆっくりとうつ向く拓の頭上に、あたしは無言で傘を差し述べた。




「あかりを見るおばさんの顔がさ、すげぇ優しいんだよ」




「それはまだあかりちゃんが赤ちゃんだからだよ?」




「…あのおっさんも」



「……」




「何か…俺やっぱり違うなってその時感じた」




小さい頃に両親と離れ、不安定のままで成長して来た拓。




きっと、拓は寂しかったに違いない。




母親の愛情を肌で感じる事が出来ないまま育ち、父親だと思っていた人が実は全くの他人で…




そんな気持ちのままの中で見た、いつもバカしてる和也さんとサバサバしている美和さんの『親』としての顔。



敏感になりすぎていた拓には、ちょっと堪えたのかもしれない…





「でも…どうして富山に…」




「俺の携帯に電話が来てさ」




「誰から?」




「腹違いの妹…」




「…妹…?」





富山に来てからはすっかり頭から離れていた存在。




拓のお母さんが富山に帰ってから再婚して出来た、拓の8歳下の妹…





「妹さん、何で!?」



「何か…『お母さんから頼まれてたの』って言われて」




「何を?」




「手紙…」



拓がジーパンのポケットから水色の便箋を取り出し、あたしの手に触れさせた。





「お金が無くて切手買えなかったんだとさ」



「あたしが読んでも大丈夫なの?」




「お前は読んでた方がいい」





拓の真剣な顔に動揺しながらも、あたしは少し折り目がズレたその便箋を開いた。





そこには綺麗でまとまりのある文字がびっしりと並べられ、内容は拓への謝罪や本当のお父さんの話、そしてあたしの名前が書いてあるのを見つけた。





「え…」




「『結芽さんと必ず幸せになって下さい』だってよ」




「……」





ずるい。




今更本性を晒すなんて



ずっと憎んで来たあたしと拓はどうしたらいいの…!?





「…拓はこの手紙を妹さんから貰う為に?」



「あ゛ー…、まぁそれもだけど…」




「他に何かあるの?」


「…墓でいいから最後にちゃんと挨拶したくて…」





親子の縁って、例え死んでまた別な者に生まれ変わったとしてもずっと繋がったまま。




拓はお母さんを憎み続けながらも、本当は何処かで『愛されたい』って気持ちが消えなくて…




だから、その気持ちにけじめを付ける為に富山に来たんだよね…?




「お墓に行ったの?」



拓が静かに頷く。




「ちゃんとお別れ出来た…?」




「……」




「拓?」




「…返事ねぇよ」





包んであげなきゃいけない。




本能がそう指示し、あたしは無意識にうつ向いたままの拓を抱き締めた。





「お母さんと仲直り出来たね…」




「…言えたよ?」




「ん?」





子供の様にあたしの服にしがみ付き、懸命に涙を堪える拓。





「産んでくれてありがとうって…俺ちゃんと言えた…」





愛しい君よ…




どうかあたしの前では全てをさらけ出して欲しい。




受け止める覚悟はもう出来てるんだよ…?





「頑張ったね」





拓が流した後悔の涙。



あたしはそれを深く胸に刻み込んだ。

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