第四十二時限目
「結芽ちゃん」
背後から桂太君が声を掛ける。
「何?」
「お疲れ様」
「え?」
「湿布いる?(笑)」
「…いらない(笑)」
菜緒があたしの袖を引っ張り、椅子へ座らせた。
「解決した?」
「多分ね」
「じゃぁこれからが本題だよ」
あたし達の雰囲気に気付き、和也さんが隣に腰を下ろす。
「結芽ちゃん」
「はい」
「頑張れるか?」
「……」
恋人になんかなれなくてもいい。
振られても構わない。
ただ、拓の姿がこれからもあたしの目に入るなら…
「…頑張れる」
「そっか」
「結芽?」
「ん?」
「頼りないけど、あたしと桂太もいるからね」
「…ありがとう」
一難去ってまた一難で…
少しでも気を抜いたら、きっとあたしはもう立ち上がる事が出来ない。
「結芽ちゃん、これ」
和也さんが一枚の紙切れをあたしに渡す。
「読んで」
小さな小さなメモ用紙。
あたしは皆が注目する中、綺麗にたたまれたその紙切れを開いた。
「…え…」
たった6文字の伝言。
『富山に行く』
「拓はなんで…」
「多分、お袋さんの所じゃないかな」
言い切る前に、和也さんがあたしに冷たい飲み物を出しながら言った。
「何…で?」
「分かんないんだ。携帯に電話してもメールをしてみても返事が無いし…」
拓のお母さんは今実家で暮らしていて、確か10歳の娘もいるはず。
父親は違うけど、拓からしてみれば半分血の繋がりがある妹…
「拓のお母さんには連絡したんですか!?」
「それが…」
「何ですか!?」
和也さんが美和さんへと視線を向ける。
「結芽ちゃん」
「はい?」
「幸音さんね、1ヶ月前に病死したみたいなの…」
偶然だろうか…
泣き疲れ、美和さんの腕の中で静かな寝息を立て始めていたあかりちゃんが突然泣き声をあげた。
「病死って…」
「幸音さんのお母さんが電話に出てね…そう言われたの」
(そんな…)
「俺と菜緒だって何度も連絡してみたけど、あいつ出ないんだ」
(そんな…)
本当の父親を知らずに生きて来て、育ての父親とは幼い頃に亡くし…
そして産みの母親とも永遠の別れを告げる事になるなんて…
「拓のおばあちゃんは拓の事何も言ってなかったんですか!?」
「何度も確認したんだけど『そんな子は来てないし、顔すら知らない』って…」
(本当の孫なのに…)
「幸音さんは自業自得だよ」
静まり返る中、和也さんがタバコの煙を吐きながら言い捨てた。
「和也っ!!」
「美和もそう思わねぇか!?今まで散々周りに迷惑掛けて生きて来たんだ。当然の報いだろ!?」
「でも結芽ちゃん達の前で言う言葉じゃないわ」
「…俺はあの女を許せないんだよっ!分かるか!?弟はあの女のせいで死んだんだぞっ!?」
大人の男が流す涙。
それがまだまだ子供のあたし達にはとても衝撃的で、菜緒は和也さんと一緒に泣き、桂太君はただうつ向き…
そしてあたしはそんな景色を呆然と見ていた。
「おじさん…」
桂太君が和也さんにハンカチを渡す。
「おじさん…拓はさ、おじさんにそっくりなんだよね(笑)」
「え!?」
桂太君の言葉にあたし達は耳を傾ける。
「それでね、俺思ったの。血の繋がりがどうとかじゃなくて、最後はいかに側にいて愛情を注げるかが大事なんじゃないかなって」
親子とゆうよりも歳の離れた兄弟みたいな感じで、いつも2人でふざけ合ってて…
そしてそんな和也さんと拓のやり取りを、美和さんは母親の様に見守ってて…
もしかしたら本当の家族には叶わないかもしれないし、100%幸せと言えないかもしれない。
でも…
人間って必ず100%じゃなくても生きて行けて幸せになれるんじゃないかって
残りの幸せは自分で探せばいいんじゃないかって…あたしはそう感じる事が出来て来ていた。
家族は大事。かけがえのない存在で、たまにうざったい時期もあるけどやっぱり最後は必要で…
でも、自分の人生は自分で決める物だし、家族にもずっと甘えていられる訳じゃないはず。
拓と和也さんは全くの他人だけど、きっと家族とはまた違った何かの形で強く繋がっているんじゃないかなって思えて
あたしはいつも羨ましかった。
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