第四十一時限目

「噂を聞いた2日後位にたまたま拓が1人で教室にいるのを見つけて、話し掛けようとしたら…泣いてたんだよ!?」




「え…」




「多分…あんたの席で」





何で?




どうして泣くの?




その時期はまだ何も分からなくて、本当に兄妹だって思い込んでて




拓があたしを振ったのに…





「ほ、本当は笑ってたんじゃないの~!?」



「…その時に決めたの。あたしが拓を幸せにしてあげたいなって」



「……」





千沙ちゃんの視線があまりにも痛くて、あたしは顔を背ける事しか出来なかった。





「あんたはいいよね?下の2人がいつも助けてくれて…ずるいよね」




「……」




「『友達からでいいから』って拓に何回もお願いして、何回も断られて。でも、突然夏休み明けに『俺でいいなら』って言ってくれたの」




(夏休み明けって…)





「最初は笑ってもくれなかったけど、段々拓からも連絡とかくれる様になって、それで…」




「修学旅行に告白…したんだよね?」




「…そうだよ」



もしかすると、千沙ちゃんはあたしなんかよりもずっと拓を見てきたのかもしれない。




あたしはいつも菜緒と桂太君に救われてきて、それがいつの間にか当たり前の様になってて…




誰にも頼らずに拓にぶち当たった千沙ちゃんと




周りに助けられてもへこたれたあたし。




きっと、この差はとても大きいはず…





「千沙ちゃん」




「…何?」




「あの…」




言葉を濁すあたしに、千沙ちゃんがハンカチを投げた。




「わっ…」




「『何で別れたの?』でしょ!?」




「……」




「そんな事拓から聞いて」




ため息をつき、千沙ちゃんが立ち上がる。




「何処行くの?」




「用事済んだから帰る」




「…え!?」




「本当はひっ叩きたかったけど、あんたバカだから辞めとく」




(バカって…)




濡れた髪を一つにまとめ、千沙ちゃんが拓の部屋を出る。




「あいつが好き」




「へ?」




「って拓が言ってたよ」




「あいつって…」




「バカな頭で考えれば?」




「え、あっ、待って!!」




正座で痺れた足で立ち上がり、あたしは千沙ちゃんを追い掛けた。



「何!?」




「あたしっ…目障りでごめんねっ!?」




「…はぁ!?」




「それとっ、お茶ぶっ掛けちゃってごめんっ…」





同じ人を好きになった千沙ちゃん。




きっと、凄く素直な子だって信じたい…





「あんた大バカ!?」



「あ、それと少し腹黒いなって思った事もごめん」




「……」





片方の手を腰にかざし、千沙ちゃんが眉間に皺を寄せた。





「拓、こんな女の何処がいいんだろ!?」




「…さぁ」




「あたしが男だったら絶対無理っ!!」




(そんなの…あたしだってこんな女無理だよ)




「これ返して」




あたしが手に持っていたハンカチをそっと抜き、千沙ちゃんが自分の服を撫でる。





「あ、ハンカチ洗って…」




「いい。多分もう二度と話す機会無いから」



「……」




「これは借りね」




「借り!?」




「あんたは…ちゃんと拓を見つけて来てよ」




静かな廊下に響く千沙ちゃんの声。





「千沙ちゃんは…?」



「探さない」




「何で?」




「拓を探すのはあんたの役目だから」



「あっ」




あたしはリビングへと急ぎ、皆の声が聞こえるドアを開けた。





「あ!!赤ちゃん!!」




「結芽ちゃん!」





美和さんに抱かれ、ぷくぷくと太った赤ちゃんが真っ赤な顔で泣いている。





「おばさんっ!!良かったですね!!」




「ありがとう」




「俺と美和、どっちに似てる?」





真剣な表情で和也さんがあたしの顔を覗く。




「んー…、和也さん…かな?」




「えっ、本当!?美和っ、俺似だってよ!」



「性格似なけりゃ別にいいわよ」





淡いピンクの服に身を包まれた、整った顔立ちの女の子。





「和也さん、名前は!?」




「『あかり』だよ」




「あかりちゃんかぁ~。可愛いね!!」





かけがえのない命。




きっとあかりちゃんもいつの間にか大きくなって色んな事を学んで、そして




誰かに恋をするはず。




「和也さん大変だね(笑)」




「何が?」




「あかりちゃんに彼氏が出来たら暴れそう…」




「そんな事…あるかな(笑)」





オレンジ色の優しくて温かい家族の絆。




あたしは心から幸せになって欲しいなって思えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る