第四十時限目

でも、千沙ちゃんの行動は当然の事。




拓への想いが強すぎて、きっとあたしの存在が邪魔でしか無かったんだと思う。





「話って…」




「大丈夫だよ。俺も菜緒もいるし」




「そうだよ?それに千沙ちゃん結芽に謝りたいって言ってた」




「え?殴られるんじゃなくて謝られるの?」




「…結芽ちゃんは修羅場を望んでる訳?(笑)」




「…出来るだけ穏やかに済ませたいけど…」




キャップを深く被ったあたしの背中を、菜緒が軽く押す。





「とりあえず中に入ろ?さすがに暑いよ(笑)」




「赤ちゃん見たら、多分結芽ちゃん持って帰りたくなるよ(笑)」




(あ…そういえばまだ和也さん達の赤ちゃん見て無かったな…)





「中に入ろっか…」





楽しみと不安が入り混じる中、あたしは汗だくになりたがら家に入り、皆がいるリビングへと向かった。





「お邪魔しまー…」




「結芽ちゃんっ!」





リビングのドアを開けた瞬間、あたしを呼ぶ叫び声と共に和也さんが駆け寄って来た。


「和也さん…」




「久しぶりだね!」




「はい…あっ…」





視線を和也さんの後ろに外した時。




「こんにちは」




「…どうも…」





あたしを直視する千沙ちゃんの姿があった。




「…あ、結芽ちゃんあのっ…」




「千沙ちゃんなら知ってますよ」




「え、あ、あぁ…だよね(笑)」




「竹内さん」




「はい…」




「ちょっとだけいいですか?」




「…うん」





大きめのソファーに腰を降ろしていた千沙ちゃんが立ち上がり、リビングを出て行く。





「結芽ちゃん、俺達も…」




「桂太君と菜緒はいいってば(笑)修羅場にならないんでしょ?」




「…多分」




「…湿布用意してて…」





桂太君と菜緒にぎこちない笑顔を振り撒き、あたしはリビングを出て玄関に向かう。





「外じゃないですよ」



「え?」




「拓の部屋に来て」




(拓の…!?)




「え…でも勝手には…」




「おじさんにちゃんと了承済みなんで」




「…今行く」





とても和やかに進みそうもない千沙ちゃんの口調。



(取り調べかっての…)



あたしは重い足取りで階段を上り、拓の部屋に入った。






「座って」




「……」





懐かしい拓の部屋。




昔と何一つ変わらず汚い部屋に、あたしは口元が緩む。





「懐かしい?」




「え?」




「あたしはつい最近まで来てたけどね」





千沙ちゃんがタバコに火を付け、拓の灰皿に灰を落としながらあたしに言う。





「吸う?」




「結構です。で?話って何ですか」




「とりあえず座ってよ」




(段々腹立って来たかも…)




なるべくなら喧嘩事はしたくない。




そんな偽善者心が強いあたしは黙って千沙ちゃんの向かい側に座った。





「話って何?」




「…これ飲んでいいですよ」





いつ用意したのだろう。テーブルの上にある飲み物をあたしに差し出した。





「どうぞ」




「ありが…」





一瞬の出来事。




千沙ちゃんがグラスの中の飲み物を、あたしの顔めがけて振り掛けた。





「冷た…」




「汗かいてたもんね?すっきりした?」





晴々とした真夏の日に、拓の部屋でずぶ濡れのあたし。



「あ、一応お茶だから」




「……」





きっと暑くてむしむししていたせい…





「…ねぇ千沙ちゃん」




「何?」




「喧嘩したい?」




「別に…?」




「だよね。じゃぁ、これでおあいこね」





苛々が頂点に達していたあたしは、もう一つあったお茶入りのグラスを勢いよく千沙ちゃんにぶちまけた。





「…ちょっとっ!!」



「お互い様って事で」



「最低っ」




「まぁ、それもお互い様で」





千沙ちゃんが形相を変え、あたしに盾付く。




「あんたのせいで拓と別れたんだからっ…」



「人のせいにしないでよね」




「あんたがいるから拓はあんたを忘れられなくてっ…」





お茶の雫だろうか…千沙ちゃんの頬に涙が伝う。





「ずっと拓が好きだった。でもいつもあんたがいて…」




「……」




「付き合ったって噂を聞いた時、もう諦めようって思った。なのにいつの間にか別れてて…」





指先で涙を救い、大きな瞳であたしを睨みながら千沙ちゃんが続ける。



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