第三十九時限目

「駅まで乗せてくよ!」




「えっ!だ、大丈夫っ!」




「…松澤の家に着くまで力尽きたいの?」




「でも…」




「最後位、いい奴で締めさせてよね」




「霧島君…」




「大丈夫っ!きっと松澤は竹内が見つけると思うよ(笑)」




「……」




「さてっ!行こう!」



「…ありがとう」





可愛い霧島君の顔に、少しだけ見え隠れした寂しさの表情。




拓と出会っていなかったら、きっとあたしはこの人に恋をしていたのかもしれない。




明るくていつも笑顔を絶やさずにいて、そしてちょっとだけひねくれてて…




親の愛情を素直に注がれて来た人。





ねぇ霧島君…




君はこんなあたしを好きになって後悔したかな?




未練たらしくて意地っ張りですぐ泣いて…

こんな最悪な女、探す方が大変だよね?




でも、それでもあたしは君に出会えた事に感謝しています。




あたしのあの人への想い…思い出に出来ないこの気持ちが例え一方通行でも…




あたしはもう迷わずに前へ歩こうと、そう心に決めました。




本当にありがとう。




そして…本当にごめんね…



「竹内…」




車に乗り込んだあたしに、エンジンを掛けた霧島君が呟いた。




「何?」




「大好きだよ」




「…うん」




「だから頑張って来い」




「…うん」





ほのかに香る香水の匂いと、遠くに見える蜃気楼。





「結芽」




「えっ!?」




「って呼んでみたかった(笑)」




「……」




「仔猫産まれたら教えるね」




「うん」




「…笑えよ」




「…エヘヘ」




「気持ち悪いよ…(笑)」




「前向いて運転して下さい」





最後の決戦の幕開け。



来年の春にはそれぞれの道を進むあたし達。



いつまでも恋にばかりかまけていられなくなる。




でも…





(お母さん…あたしやっぱり拓が好きだよ。もう逃げたりしない)




「着いたよ」




「ありがとう…」




駅に着いたあたしは笑顔で霧島君と別れ、桂太君や菜緒達が待つ拓の家へと向かった。



「結芽ちゃんっ…」




「桂太君っ!!」





電車を降りてから、あたしは歩く事なくひたすら走り続けた。




昔から走る事があまり得意ではないあたし。




でも、この時だけは貧血になろうが、途中何も無い所で無様に転ぼうが、あたしは全力で拓の家まで走りきる事が出来た。





「結芽っ!待ってたよ…」




「菜緒まで…もしかしてこんなに暑い中待っててくれたの?」





桂太君がキャップを取り、あたしの頭にポンと乗せた。





「…良かった。結芽ちゃんがまだ拓を好きで…」




「……」




「拓さ、夏休み直前に彼女と別れてたみたいなんだ」




「何で別れたの…?」




あたしの問いかけに桂太君と菜緒が顔を見合わせる。





「結芽…」




「何?」




「実は千沙ちゃんも来てるんだ」




「…えっ!?」




「結芽と話たいって…」




「あ、あたしと!?」




千沙ちゃんはずっとあたしを避け続けて来た。




それはもう、本当にあからさまな態度で…

あたしはその度にへこんだし、自然とあたしも避ける仕草をする様になっていた。


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