第三十七時限目

「結芽ちゃん」




「はい?」




「いつお嫁に来てくれるの!?」




「…へっ!?」





自営業をしている霧島君の家では、昼休みになるとおばさんが一度家に帰って来る。





「冗談よぉ~(笑)まぁ、家はいつでも大歓迎だけどね」




「あはは…」




あたしは横目で霧島君を見る。




「ん?何?」




「え?あ、別に…」




(少しは否定してよね…)





食事が済んだと共に霧島君のお母さんは仕事場へと出掛け、あたしは霧島君の提案でアイスを食べながら外でサッカーを教えて貰う事にした。





「ねぇ霧島君…」




「何!?」




「暑い…」




「健康な肌になれるよ~?」




(炎天下でサッカーはちょっとしんどいな…)




溶けたアイスで手がベタベタになりながらも、あたしは容赦ない霧島君からボールを必死に奪う。





「あ゛ー無理っ!」




「本当に剣道部!?」



「じゃぁ竹刀頂戴」




「何に使うの?」




「ホームラン狙う」




「それ野球だし(笑)」



あまりの暑さで頭が朦朧として来る中、霧島君のジーパンのポケットから着信音が聞こえて来た。



「霧島君携帯鳴ってるよ?」




「…菜緒ちゃんからだ」




「…菜緒っ!?」




(仲良かったけ…!?)



縁側に腰を降ろし、霧島君が電話に出る。




(桂太君…確か霧島君の事あんまり好きじゃなかった様な…)





「竹内っ!!」




「あ、はいっ!?」




「菜緒ちゃんが『結芽に代わって』って!!」




(え゛…説教!?)





霧島君から携帯を渡されたあたしは、多少動揺しながらも電話を代わった。





「結芽ですけど何か…」




「あ、結芽ちゃん!?」




「…あれ!?桂太君!?」




「今何してた?」




「炎天下で青春してました…」





桂太君の優しい口調に、あたしは肩の力が抜ける。





「…霧島に何もされてない!?」




「無い無い(笑)それより何で霧島君とあたしがいるって分かったの?」




「あんたが電話に出ないからでしょ」




「げっ…菜緒…ちゃん」





あからさまに怒りモードに入っている菜緒の声。





「携帯放置中…かな」



「わざわざ結芽の家に電話したんだからね!そしたらお兄さんが『霧島って男と出掛けた』って…」



(健兄も早く仕事行けよ…)




「それより何で菜緒が霧島君の携帯を…」




「あんたが心配だからでしょっ!!」





菜緒に怒鳴られ、軽い耳鳴りと共に冷や汗が流れる。





「鼓膜破れますってば…」




「あたしも桂太もまだまだ霧島を警戒してるからね」




(おいおい呼び捨てかい…)




「大丈夫だよ(笑)実はね…」




「あ、別に話さなくていいから」




(警戒してるんじゃないのかよ…)




「じゃぁ何…?」




「桂太に代わるから」





慌ただしい様子で言葉を残し、菜緒が再度桂太君へと相手を代えた。




「結芽ちゃん?」




「ごめんなさい」




「は!?」




「や、何となく先に謝っておこうと思って…」




電話の向こうで桂太君が笑う。




「怒らないってば(笑)」




「えー…じゃぁ何?」



「…うん、あのさぁ…」





言いづらそうに言葉を詰まらせる桂太君に、あたしのすぐ隣では器用に足でボールと戯れる霧島君。





「何?」




「余計なお世話だったらごめん」




「だから何?」



暑い暑い夏の昼下がり。




あたしの体は一気に凍りついた。





「拓がいなくなったんだ」





「え…?」




「拓のおじさんから電話来て…昨日から家に帰って無いって…」




「千沙ちゃんといるんじゃないの!?」




「…あいつ彼女と別れてた」




(嘘…)





「竹内っ!?」




唖然とするあたしの顔を霧島君が覗き込む。



「どうしたの?」




「あ…うん…」




「大丈夫!?」




「うん…」




(居なくなった…って…)





「結芽ちゃん?」




心配そうな声で桂太君が言う。




「何…?」




「あいつの事…もうふっきれた!?」




「……」




「…今から結芽ちゃんに選択肢を与えるね」



「選択肢?」





何となく聞きたくない…




そんなあたしの思いとは裏腹に、桂太君はゆっくりと話し出した。





「拓をまだ好きなら今すぐ拓の家に来て。もし…もし拓をこのまま忘れたいなら霧島に忘れさせてもらうといいよ」





忘れかけてた胸の痛みが




忘れようとしていた拓の顔が




夏の風に乗ってあたしの心に舞い戻る。

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