第三十六時限目

(早く支度して家出なきゃ…)




あたしの心配をよそに、リビングからは健兄のわざとらしい笑い声が響いて来る。





(何!?)




「霧島君、君視力悪いの?」




「え?何でですか!?」




「妹はあり得ないだろ~」




(全部聞こえてんだよっ…)




「竹内は可愛いですよ!?」




「…ボランティアだな」





我慢の限界に達したあたしは急いで私服に着替え、化粧もせずにリビングへと急いだ。





「終わったっ…!!霧島君行こうっ!」




「え…もう終わり!?」




「終わりっ!」





霧島君が手にしていたアイスコーヒーを勝手にテーブルの上へと戻し、Tシャツの袖を掴んで無理矢理玄関へと連れ出した。





「竹内化粧…」




「しなくても平気!」



「お前が平気でも周りが怖いっての(笑)」




(だからそっくりそのまま返すってば…)





「霧島君早く行こう!」




「あっ、お邪魔しました~!!」





満面の笑みでお母さんと健兄に挨拶をする霧島君を引っ張り、あたしは外にある車へと乗り込んだ。



「霧島君早くっ!」




「そんなに急がなくても…(笑)」




「早くしないと産まれちゃうかもしれないじゃん!!」





霧島君は5月に誕生日を迎え、一早く免許を取得。




まだまだ初心者マークが必要だったが、バイクを運転していたせいか、その運転さばきは見事なものだった。





「竹内っ、モコは!?連れて行かないの!?」




「産まれたら見せるよ!」




「モコにまた兄弟が出来るのかぁ~(笑)あ、シートベルトしてね~」





霧島君がキーを回し、車のエンジンが掛かる。





「何匹産まれるかなぁ…絶対立ち会いたいっ!!」




「あははっ(笑)じゃぁ少しだけ急ぐね!」





モコのお母さんのお腹に、新しい命が宿った。




人間であれ動物であれ、生命の誕生はとても素晴らしい事…




霧島君とは、あれ以来何の進展も無く今に至る。




何度も霧島君を好きになろうとしてみたし、何度も支えられたり助けられたりして来た。



でも、やっぱりどうしても友達以上の関係に想いが追い付かず、結局あたしは霧島君からの告白を幾度と無く断り続けて来た。



少しずつ消えつつある失恋の痛み…




それが拓への想いと比例しているのかは分からない。




でも、少なからず今のあたしは前に歩けている様な気がしていた。




「着いたっ!竹内早く降りてっ!」




車を庭のど真ん中に荒っぽく停め、霧島君が助手席のドアを開けた。




「あたし上手く赤ちゃん取り出せるかな…」




「自然に産まれるからっ(笑)」




「あ、そう(笑)」





猛ダッシュで家の中へと入り、リビングにいた霧島君のお母さんに軽く挨拶をしたあたしは、モコの母親がいる2階へと向かった。




なるべく足音を立てない様に歩き、ゲストルームとしている部屋のドアを静かに開け、2人で部屋の中を覗いてみる。





「…静かだね…」




「こればっかりは黙って見守るしかないっすよ…」





霧島君は仔猫の誕生場面を沢山目にして来ている。




「そろそろだとは思うんだけど…」




「…そっかぁ」




「昼飯食べない?竹内朝飯もまだでしょ?」



「いーの!?じゃぁ遠慮無く…」





出産は長期戦。




とりあえず、あたし達はリビングで霧島君のお母さんが用意してくれた昼ご飯を食べる事にした。


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